307話 静かに満ちる余白 - 残された最後の扉
年内最終更新となります!
皆様一年ご愛読ありがとうございます。
❮感謝❯
道は、もう完全に砂漠を抜けていた。
乾いた砂の感触は薄れ、足元には細かな石と、踏みしめるたびに低い音を返す土が混じっている。
振り返れば、遠くに霞む砂丘。
前を向けば、まだ名も知らぬ土地が、静かに続いていた。
一行は、遺跡から少し離れた場所で足を止めていた。
「……ここで一度、休もう」
マコトの声に、誰も異論はなかった。
全員が、言葉にしない疲れと、言葉にできない余韻を抱えていたからだ。
アリアは腰を下ろし、無意識にローブのフードへ手を伸ばす。
「イリス、苦しくない?」
「……だいじょうぶ……ここ……すき……」
フードの内側で、ぽよん、と小さく動く気配。
背中に伝わるその温度は、まだ離れたがらない意志そのものだった。
*
月読猫は、少し離れた岩の上に座り、じっと空を見上げていた。
その姿は、いつになく静かだ。
「……月読さん?」
アリアが声をかけると、猫はゆっくりとこちらを向いた。
金色の瞳が、いつもより深い。
「確認できたニャ」
短い言葉。
それだけで、場の空気が変わる。
「第二の鍵は――もう、開いているニャ」
ルクスが小さく息を呑んだ。
「では、次は……」
「残りひとつニャ」
月読猫は尻尾を揺らしながら、続ける。
「だが、三つ目がいちばん深い。
場所でも、記憶でもない。
もっと……内側のものニャ」
その言葉を聞いた瞬間だった。
――ずくん。
アリアの胸の奥が、はっきりと疼いた。
痛みというほど鋭くはない。
けれど、確かにそこにある。
まるで、誰かが胸の奥で、声を殺して泣いているような。
「……っ」
アリアは思わず胸元を押さえる。
「アリア?」
ユリウスがすぐに気づき、声をかけた。
「大丈夫?」
「うん……」
そう答えながらも、違和感は消えない。
悲しい、というより――
置いていかれた感覚。
(……これは)
理由は分からない。
でも、覚えがあった。
*
フードの中で、イリスが小さく身じろぎする。
「……アリア……」
「なに?」
「……なく……こえ……きこえる……」
その言葉に、アリアの胸がまた、きゅっと縮んだ。
「イリスも……?」
「うん……だれか……さみしい……」
それ以上、イリスは言葉を探せなかった。
ただ、フードの中で、背にぴったりと張りつく。
モルンは、その様子を黙って見ていた。
影は揺れない。
だが、彼の指先だけが、わずかに強く握られている。
(……ああ)
胸の奥に響く、この感覚。
アリアには、はっきりした映像はない。
名前も、言葉も、場面も。
それでも――
誰かが、選ばなかった未来を抱えたまま、立ち止まっている。
そんな気配だけが、確かに伝わってくる。
*
「三つ目の鍵は、急がせないニャ」
月読猫が、静かに言った。
「自分で触れなければ、開かない。
他の誰にも、代われないニャ」
「……それは」
シュウが口を開きかけ、やめる。
説明を求めても、答えは出ないと分かっていた。
「大丈夫」
アリアは、胸を押さえたまま、そう言った。
痛みはある。
けれど、恐怖ではない。
「……まだ、先なんだよね」
月読猫は、ゆっくりとうなずいた。
「そうニャ。でも、もう戻れないところまでは来ているニャ」
その言葉に、誰も反論しなかった。
風が吹き抜ける。
砂漠とは違う、乾きすぎていない風。
フードの中で、イリスが小さく跳ねた。
――ぽよん。
「……アリア……」
「うん」
「……いっしょ……だよね……」
アリアは、はっきりとうなずいた。
「一緒だよ」
胸の奥で、まだ微かに疼くものがある。
それは、悲しみかもしれないし、後悔かもしれない。
けれど今は、名前を与えなくていい。
第二の鍵は、確かに開いた。
そして最後の扉は――
まだ、静かに待っている。
ーーー308話へつづく
皆様、2025年3月より連載開始した
『私が占い師になった理由。』を
読んでいただき、ありがとうございます。
手探りではじめた連載でしたが、
読んでくださる方がいてくださったお陰で
無事2025年書き納めが出来ました。
この作品は来年もまだまだ続きますので、
変わらずご愛読いただけると幸いです。
皆様、よいお年をお迎えください♪
PS
2026年年始、
*私占。は、1/4~初更新となります。
*優思は、12/30(火)が年内最終更新、
1/6(火)が年始の初更新となります。
あわせてよろしくお願いいたします。
2025.12.28(日) 月灯




