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私が占い師になった理由。  作者: 月灯
第十一章 忘れられたまま、愛されていた
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304話 鍵に触れる夜 - まだ開かぬ白


遺跡を離れてからも、アリアの胸の奥は静まらなかった。

痛みではない。

けれど、確かに“鳴っている”。


歩くたび、呼吸をするたび、

内側で何かが応えるように、微かな鼓動が続いていた。


砂漠はすでに背後に遠ざかり、地面の色も少しずつ変わり始めている。

それでも空気は乾き、昼と夜の境目ははっきりとしていた。


「……アリア」


名を呼ばれて振り向くと、シュウが少し眉を寄せて立っていた。


「無理はしてないか。歩き方が、少し――」


「大丈夫」


反射的にそう答えたあと、アリアは小さく息を吐いた。


「ちょっと……変な感じはするけど」


シュウはそれ以上踏み込まず、荷袋から小瓶を取り出す。


「一応、今夜はこれを。脈を落ち着かせる薬草だ」


「ありがとう」


受け取った指先が、ほんの一瞬だけ震えた。

それを、エリオットが見逃さなかった。


「……無理はするなよ。そういう“変な感じ”って、大体ろくなことにならない」


「言い方」


ユリウスが小さく苦笑する。


「だが、気を張りすぎるのも良くない。今は休め」


「うん」


頷きながらも、アリアの意識は胸の奥に引き戻されていた。


――さっきより、少し強い。


ドクン。

まるで、何かが近づいているのを知らせるように。




夜。

焚き火の火が落ち着き、一行がそれぞれ休みに入る頃、

アリアは天幕の中で横になっていた。

完全に眠ってはいない。

けれど、目を閉じると、現実との境界が曖昧になる。


胸の鼓動が、また一つ、深く打った。

ドクン。


(……来る)


そう思った瞬間――

視界が、白に染まる。

眩しいわけではない。

ただ、音も影もない、静かな白。

床も壁も分からない。

けれど“部屋”のような感覚だけが、そこにあった。


「……」


声を出そうとして、やめる。


ここは――

入ってはいけない場所だと、本能が告げていた。


白の向こう側で、何かが揺れる。

文字のような、光の欠片。

まだ形にならない、意味を持たない断片。


(……まだ)


その瞬間、胸が強く鳴った。

ドクン――!


白がひび割れたように揺れ、

アリアは思わず息を呑む。


「……アリア……」


遠くから、声が聞こえた。

幼く、かすれた、確かな声。


「……まって……」


それ以上は、聞こえない。

白は霧のように薄れ、

アリアははっと目を覚ました。




天幕の中。

イリスが、アリアの胸元にぴたりと張りついていた。

小さな体が、落ち着かないように、ぽよ……ぽよ……と揺れている。


「イリス……?」


呼びかけると、イリスはきゅっと縮こまった。


「……へん……」


「なにが?」


「……ちかい……のに……だめ……」


その言葉に、胸の奥がひりつく。

アリアがそっとイリスを包むと、

一瞬だけ、イリスの表面を黒いノイズのような影が走った。


「……っ」


イリスは小さく震え、すぐにアリアにしがみつく。


「……こわい……でも……アリア……」


「大丈夫」


アリアは静かに撫でる。


「今は、まだ行かない。行かなくていい」


そう言い聞かせるように、何度も。

天幕の外。

月読猫が、焚き火の残り火のそばで目を細めていた。


「……触れたニャ」


誰に向けるでもなく、静かに呟く。


「だが、まだ早い」


その視線の先で、

イリスがアリアの胸に寄り添い、ようやく動きを止めた。


鍵は、確かにそこにある。

だが――

今は、まだ開かれない。


白は退き、夜は続く。


そしてアリアの胸に残る鼓動だけが、

次の扉が近いことを、静かに告げていた。





ーーー305話へつづく


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