298話 古代資料庫の書 - 虹色スライムの伝説
砂漠都市〈ラシハナ〉は、外観こそ朽ちていたが、
内部に足を踏み入れると、風の質さえ変わった。
ひんやりとした空気。
崩れず残り続けた石柱。
かつて王家が治めた繁栄の名残が、街の骨格そのものに染みついている。
「……思ったより、綺麗に残ってるね」
アリアが感嘆の声を漏らすと、ルクスが頷きながら答える。
「ここは“記録の都”とも呼ばれていた。
知識と歴史を守るため、多層結界が張り巡らされていたらしい」
その言葉に、モルンが低く続ける。
「だからこそイリスが反応したのだろうな。……古代王家に深く結びついた存在ならば」
イリスはアリアの掌に乗り、まだ少し緊張気味にぷるぷる震えている。
(こわいのは残ってる……でも、アリアといっしょ……)
そんな感情が虹色の核に淡く揺れていた。
都市中央の崩れた階段を上ると、半ば砂に埋もれた大きな建物が現れた。
「ここが……資料庫?」
「正確には“王家文書館”。古代魔法や歴史、血統にまつわる記録が集められていた場所だ」
ルクスの言葉に、アリアの心がどくんと跳ねる。
(もしかしたら、イリスの記憶のヒントも……)
祈るような気持ちで扉を押し開けると、
内部は外観からは想像できないほど保存状態がよかった。
淡い魔法光が天井から差し、書架が規律正しく並んでいる。
「……こんなに残ってるなんて」
エリオットが本の背表紙を撫でて「うわぁ…紙質がすごく良い…」と感動している。
ユリウスも険しい表情のまま、しかし興味を隠しきれず目を走らせる。
「古代王家……どこまで力を持っていたのだ」
その時だった。
アリアがふと、棚の隅に“虹色に光る背表紙”を見つける。
「……これ……?」
手を伸ばして引き抜くと、それは砂塵ひとつついていない、異様なほど綺麗な本だった。
カバーに刻まれた文字は、
《虹の守護》
「イリス……これ、見て」
掌に乗せていたイリスが、きゅ、と震える。
そして。
――ぽたり。
イリスの核から小さな光粒がこぼれ落ちる。
「…………これ……しってる……」
アリアは息を呑み、そっと本を開いた。
一枚目に描かれていたのは――
虹色のスライムが、王家の紋章に寄り添う絵。
次のページには、古代語で文章が綴られている。
《虹色の魔を調える守護獣》
《王家と契約し、未来の支えとなる存在》
アリアが読み上げた瞬間。
イリスの全身が、びくん、と跳ねた。
「……ぁ……あ……あれ……」
核が虹色に激しくゆらめき、触手が震える。
アリアが慌てて抱きしめる。
「イリス! 大丈夫、落ち着いて!」
「……わたし……そこに……いた……
でも……でも、わからない……!」
イリスは本に描かれた絵へ触れたまま、
何度も、何度も、震える声を漏らした。
「いる……そこに……でも……おぼえてない……!」
その様子に、仲間たちが息を呑む。
モルンが静かに言う。
「記憶の壁だ。 ……イリス自身は“知っている”。だが、核が許さないほど深い領域に鍵がある」
月読猫が尻尾を揺らしながら、ふ、と細い声で呟く。
「ニャるほど……一つ、思い出したニャ。
まだ“入り口”だけだニャ……」
アリアは震えるイリスの背を優しく撫でた。
「イリス。無理しなくていいよ。
少しずつでいい。いつか全部思い出せるから」
「……アリア……」
イリスはアリアの掌の中で、
小さく、ゆっくりと“ぷるん”と震えた。
さっきの恐怖とは違う震え。
安心と信頼を含んだ、温かい色の揺らぎ。
「アリア……だいすき……。おもいだす……いっしょに……」
アリアはその言葉に目を細め、
掌の小さなスライムを包むように抱きしめた。
――虹の守護獣。
――王家と契約した存在。
その真実が、確かにイリスの核を揺らしていた。
そしてそれは、アリア自身の記憶にも、
静かに連鎖を始めようとしていた。
ーーー299話へつづく




