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私が占い師になった理由。  作者: 月灯
第十章 果てなき砂と星の狭間で
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296話 月影の気配 - 砂の上のささやき


夜の砂漠は、昼の灼熱が嘘のように冷えていた。

乾いた風が頬を撫で、焚き火の橙が揺れる。

全員が砂嵐からの逃走で疲れ切り、ひとまず小さな砂丘の陰で休息をとることになった。


アリアは、膝の上で丸くなったイリスをそっと撫でていた。

ぽよん、と柔らかな弾力が手に返る。

イリスは眠ってはいない。瞳を薄く開け、アリアの指先の動きを追っている。


「……アリア……あったかい……」


「そう? よかった」


そのときだった。


砂の闇の向こうから、銀の影がすう、と揺らいだ。

月光がたまって形になったような、静かな足音。


「……戻ったのね、月読さん」


アリアが呼ぶと、猫は尻尾をふわりと揺らしながら近づいてきた。

昼の戦いで光の余波を受け、しばらく動けなかったのだ。


「心配をかけたな、アリア。……ふむ、ようやく身体が落ち着いた」


声は落ち着いて、どこか古い時代の響きを帯びている。

イリスはその姿を見るなり、ぽよんっと跳ねて猫の顔に触れた。


「ねこ……! ねこ、げんき……?」


「お主の声は、耳にやさしいのう」


月読猫は、イリスの身体に頬を寄せるようにし、柔らかい光をまとわせた。

イリスの核がほんのり明るくなる。癒しの力だ。


アリアはそばでそれを見つめながら、息をついた。


「よかった……本当に心配したのよ」


「アリアこそ、無茶をしておった。……ほれ、その胸もまだ痛むのだろう?」


アリアは驚き、思わず胸に手をやる。


「どうしてわかるの?」


「そなたの心の波は、月とよく似ておる。隠しても、揺れが伝わってくる」


ふわり、と猫の瞳が細くなる。


その刹那、焚き火の光が揺れ、砂に長い影を落とした。


「アリア」


猫はまっすぐにアリアを見上げ、静かに告げた。


「イリスは……そなたが呼んだのだ」


「え……?」


声にならない驚きが漏れた。

アリアは思わずイリスを抱き寄せる。


月読猫は、その反応をあらかじめ知っていたように、淡々と続けた。


「とても、遠い……ときを越えてな。

そなたの声が、そなたの願いが……イリスを呼び寄せたのだ」


「わたしの……声?」


アリアは息を飲んだ。


遠い時。

過去か、未来か。

どちらにせよ、常識ではありえない話だ。


「そんな……覚えはないわ。

イリスと初めて会ったのは……あの森の中で——」


言いかけたアリアの袖を、イリスが小さく引っ張った。


「アリア……」


膝の上のスライムは、ぽよんと揺れながら、

アリアの手に自分の小さな触手を重ねる。


「アリア……まってた……ずっと……」


「……イリス?」


「いっしょ……になりたかった……

アリアの……こえ……すき……」


言葉は幼い。

意味もはっきり通じてはいない。

だが——胸の奥にまっすぐに触れてくる。


アリアは静かに息を呑んだ。

心臓がどくん、と熱くなる。


月読猫は、そんな二人の様子を穏やかに眺めながら、言った。


「まだ全てを思い出すのは難しかろう。

イリスの記憶は、深い深いところに沈んでおる。そなたが寄り添えば、いずれ……糸はつながる」


「糸……?」


「魂のだ。巡り、離れ、また交わる。……そなたたちは、その巡りの中におる」


アリアの胸が、ぎゅう、と切なく痛んだ。


なぜ痛むのか——自分でもわからない。

けれど、イリスが同じ場所を押さえているのを見て、言葉を失った。


イリスの核も、同じように震えていた。


月読猫は立ち上がり、夜風にひらりと毛並みを揺らしながら言う。


「さて。話はここまでだ。この先は……そなたが選ぶ道で、知らねばならぬ」


アリアは猫を見つめ、深くうなずいた。


「もう……逃げない。

イリスのことも、わたし自身のことも」


「うむ。それでよい」


ちょうどそのとき、砂丘の向こうから足音が響いた。


「アリア、そろそろ移動の準備を……あ、月読猫が戻ってる!」


振り返ると、ルクスが荷物をまとめながら手を振っていた。


「砂漠都市まで、あと半日ほどだそうです。夜のうちに少し進みませんか?」


アリアは立ち上がり、イリスを胸に抱き直した。


「ええ。行きましょう」


イリスはぽよんと体を震わせ、大好きなアリアの胸に身を預ける。


月読猫は、それを見て小さく笑った。


「……まったく。手のかかる者たちよ」


そう言いながらも、

その声はどこか優しく、どこか誇らしげだった。


夜の砂漠へ——

アリアたちは静かに歩みを進めていく。


新しい“糸”が、また少し、結び直されていくように。





ーーー297話へつづく

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