289話 影ゆらぐ灯火 - 月読猫の声なき声
砂の迷宮を抜けた一行は、やがて天井も壁も見えない広大な空間にたどり着いた。
そこは不思議な広間――床には砂がほとんどなく、代わりに大小の灯火が点在し、宙に浮かんでいるように見えた。
微かに揺れる灯火の光は、周囲の影を歪ませ、空間全体が生き物のように呼吸しているかのようだった。
「……なんだろう、ここ」
アリアが小さくつぶやく。月読猫はアリアの肩から飛び降り、ぴょんと床に着地すると、すぐに周囲を落ち着きなく歩き回った。
尻尾を高く立て、毛を逆立てながらも、どこか焦りの色が滲んでいる。
「月読さん、危ないの?」
アリアが問いかけるが、猫は声を出さない。ただ低く、喉を鳴らすだけだ。
それでも、プエルやイリス、モルンだけは、月読猫の気配の変化からその意図を感じ取った。
「……こっちに行こうとしてるの?」
プエルが小さな手を差し伸べると、月読猫はゆっくりと頭を向け、広間の端へと誘導する。
モルンも影を小さく揺らしながら、月読猫の動きを追い、ゆっくりと歩を進める。
「危険を示してるのね」
アリアは納得し、皆に向かって声をかける。
「月読さんが、ここは通るなと言ってるみたい。私たちも従おう」
「……うん」
プエルは少し緊張しつつも、月読猫の後に続く。
イリスはぽよんと跳ねながらも、注意深く月読猫の動きを確認する。
エリオットは灯火の一つに視線を向け、眉をひそめた。
「待って。これ……ただの灯火じゃない。魔力の誘導灯だ」
「誘導灯?」
ルクスが問い返す。
「灯火そのものが魔力を帯び、周囲の魔力流を操作している。触れれば、罠が発動する可能性が高い」
エリオットは慎重に手を差し伸べ、皆に警告する。
「絶対に触れないこと」
マコトは風の流れを手で感じ取り、空間に微弱な流れを作る。
「風……少しだけ動かすと、中央に魔力の渦があることがわかる」
その渦は床の中心付近に存在し、周囲の灯火や影と連動しているらしい。
「渦……!?危険すぎる」
アリアは視線を泳がせ、周囲を見渡す。
「じゃあ、月読さんが示した道が唯一の安全ルートってことね」
シュウが静かに頷いた。
「そう。月読猫が導く方向こそ、ここを安全に通れる道ってことだね」
非戦闘員ながらも、冷静に周囲の危険を観察していたシュウの判断は、皆に安心感を与えた。
モルンの影はわずかに揺れ、人の形に近づき始めていた。
「……人化がまた少し進んでる」
モルンが苦しげに膝をつき、肩で息をつく。影は意志を持つかのように、床の魔力の流れと呼応して揺れている。
アリアはそっと手を伸ばし、モルンの背中を撫でる。
「大丈夫、無理はしないで」
プエルは影に恐れつつも、月読猫の後ろで支える。
「……わたしも、守る」
イリスは小さく跳ねて、月読猫の横に付き添う。
「ぽよん」
跳ねるその音が、不思議と緊張を和らげた。
エリオットは静かに歩を進め、灯火の魔力を読み取る。
「渦の周囲は魔力が濃すぎる。距離を保ちながら進むしかない」
ルクスも影を小さくし、周囲の動きを探る。
「影も灯火に引き寄せられやすい。慎重に」
アリアは猫の誘導に従い、足を踏み出す。
月読猫の微かな動き、イリスの跳ね、マコトの風、そして仲間たちのサポート。
それらすべてが連動し、広間を進むための道筋を形作っていた。
「もう少し……」
アリアは息を吐き、仲間たちに声をかける。
「月読さんの導きと、皆の力を信じて進もう」
月読猫は軽く「にゃ」と鳴き、床に散らばる灯火の間を巧みに避けて進む。
その姿に、プエルもイリスも安心し、影が揺れるモルンも少し落ち着いた表情を見せた。
広間の中央、魔力の渦に近づくにつれて、灯火の揺れは大きくなった。
だが、月読猫の導き、仲間たちの支援、そして風と影の調和によって、危険は最小限に抑えられている。
アリアは前方を見据え、心の中で静かに誓った。
「……必ず、ここを無事に抜ける」
月読猫の声なき声に従い、影ゆらぐ広間の中で、彼女たちは慎重に、しかし確実に前へ進む。
闇と光、風と影、そして小さな猫の導き――
この広間の試練は、まだ終わっていない。
それでも、仲間たちの結束と知恵があれば、きっと乗り越えられる。
──次なる障害の気配が、微かに空気を震わせていた。
ーーー290話へつづく
※このお話の舞台はヨーロッパ風異世界であり、現実世界の歴史とは一切関わりありません。
作中に出てくる 国・文化・習慣・宗教・風俗・医療・政治等は全てフィクションであり、架空のものです。創作上の設定としてお楽しみいただけますと幸いです。
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