287話 風断つ間 - マコトの一手
影の試練を越えたとはいえ、モルンの息はまだ浅かった。
影が暴れようとした時の余波は、肉体だけでなく精神にも負荷を残す。
アリアは隣を歩くモルンの手を離さず、歩幅を合わせながら進んだ。
「……本当に、大丈夫?」
「あぁ。だいぶ楽になった。さっきのは……“変化の前触れ”みたいなものだ」
「前触れって……人化の?」
モルンは照れたように目を伏せた。
「いつもより影が勝手に動く。だから、もう少しだと思う」
アリアは胸がじんと熱くなるのを感じた。
人化は影のチカラをマスターする者にとって重要な節目。それを、仲間が迎えようとしている。
嬉しさと不安が入り混じり、自然と彼の手を握る力が強くなった。
そんな二人の前で、ユリウスが弓を背に回しながら歩幅を緩めた。
「影の暴走が止まったのは、あの光のおかげか……?」
「うん。正確には“穢れの断ち切り”。浄化というより、影を余計なものから守った感じ」
シュウが落ち着いた声で説明する。
戦いの時とは違い、彼の声はどこか医療室のような安心感を与える。
「ユリウスの矢って、あんなにピカピカ光ったっけ?」
プエルが興味津々で弓袋をのぞき込む。
ユリウスは苦笑し、背につけた弓を軽く指で叩いた。
「普段はそこまでじゃない。でもシュウが……」
「母の形見の力を付与しただけだよ。あれは光属性の“純魔力結晶”みたいなものなんだ」
シュウは首にかけたペンダントを握った。
「矢に付与したら、短時間だけ浄化の力を持つ。医療用の処置でも使うからね」
「へぇぇ……! お医者さんの道具って、すごい!」
プエルが素直に感嘆し、イリスも「しゅう、えらいの」とポヨンポヨンと跳ねる。
治療と浄化。
二つの技能を自然に結びつけられるのは、シュウならではなのだ。
そうして小さな一行は、遺跡の進行方向へと歩を進めていった。
通路は、先へ行くほど静かになっていった。
呼吸の音がやけに大きく耳に届き、足音すら吸い込まれる。
「……あれ?」
プエルが歩みを止めた。
「砂、落ちない……?」
確かに。
頭上から細かい砂粒が落ちてきているのに、途中でふわりと浮かんだまま、
地面まで落ちきらずに漂い続けている。
まるで、ここだけ空気が動いていない。
「……無風区間だ」
マコトが険しい目で周囲を見回した。
風精たちに呼びかけても、返事が薄い。
アリアは息を飲んだ。
「魔法で風を止めてるの?」
「いや……“空気そのものが固定されてる”感じだ。自然じゃない」
エリオットが砂の流れを観察しながら言う。
「この不自然さは……大規模な落とし罠の前兆だ。たぶん、風を感じたら作動する類いの」
モルンが眉を寄せた。
「でも、風がないと発動しないなら、このまま通れば──」
「だめ」
シュウがすぐに制した。
非戦闘員の彼だからこそ、誰よりも“嫌な予兆”を感じ取っていた。
「空気が止まるなんて自然じゃない。何かが意図的に止めてる。
その『何か』が解除されたら、まとめて作動する可能性が高い」
「じゃあ、止めてるものを──」
ユリウスが弓を構えかけたが、マコトが手を挙げて止めた。
「ここは、俺に任せろ」
風の精霊の加護を持つ武人は、静かに目を閉じた。
肩のあたりから小さな風精たちの気配がゆらりと立ち上がる。
かすかな囁き声が、アリアにも聞こえる気がした。
「……風を、通す」
マコトが小さく呟くと、通路全体に淡い気流が広がった。
だが、すぐに押し返される。
まるで“風が存在してはいけない”とでも言うように。
「押されてる……?」
アリアが息をのむと、マコトは微笑み、ゆっくりと両手を広げた。
「大事ない。風に道を作るだけだ」
風精たちの気配が増す。
音もなく風が膨らみ、無風の空間に小さな“亀裂”を作るように流れ込んでいく。
次の瞬間――
──バチンッ!
空気の膜が破れた。
途端に、通路全体に風が通り、
ガラガラガラァン!!
前方で巨大な岩が落ちる轟音が鳴り響いた。
続いて、いくつもの仕掛けが連鎖的に崩れ、一帯が地響きを起こす。
アリアたちは驚きつつも、すぐに後退して砂煙を避ける。
しばらくして、通路は静かになった。
エリオットが慎重に前を覗き込み、ひとつ息を吐く。
「……全部、落ちたな。風による起動条件が一気に外れたんだ」
「つまり……マコトが風を流したことで、罠が先に全部動いた?」
プエルが目を輝かせる。
マコトは少しだけ照れながら頷いた。
「……まあ、結果的にはそう、だな」
その足元で、月読猫がふわりと歩み寄る。
ぴたりとマコトの足に寄り添い、尻尾をゆっくり揺らした。
「……にゃ」
その声は、まるで
“よくやった”
と告げているようだった。
アリアはそんな光景を見て、胸の中があたたかく満たされていくのを感じた。
影の試練に続いて、風の試練。
それぞれが役割を果たし、支え合って進んでいる。
そう実感しながら、アリアたちは崩れた罠の先へと歩を進めた。
ーーー288話へつづく
※このお話の舞台はヨーロッパ風異世界であり、現実世界の歴史とは一切関わりありません。
作中に出てくる 国・文化・習慣・宗教・風俗・医療・政治等は全てフィクションであり、架空のものです。創作上の設定としてお楽しみいただけますと幸いです。
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