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私が占い師になった理由。  作者: 月灯
第十章 果てなき砂と星の狭間で
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286話 影の試練 - モルンの揺らぎ


 低い唸りが遺跡全体を震わせた。

 碑文の刻まれた奥の壁が淡く明滅し、床に黒い紋が走る。


「っ……また、来る……!」


 モルンが苦しげに肩を抱いた。次の瞬間、彼の影が床から引きちぎられるように浮き上がる。


――びり、びりりりっ。


 黒い稲妻のようなひずみが影の縁から迸り、まるで「別の生き物」のように蠢き始めた。


「モルン!?」


 アリアは反射的に彼の手をつかんだ。しかしその手を伝って、影の冷たい脈動がアリアの腕に逆流してくる。


(これ……前よりずっと強い……!)


 アリアが思わず手を放しそうになると、


「ぽよんっ!」


 イリスがアリアの腕に飛びつき、そのまま勢いよくモルンの影へダイブした。


 影の表面が、水面のように揺れる。


「イリス……緊張、ほどいてる……?」


 ぽよぽよと跳ねるたび、影の歪みに小さな亀裂が入り、苦しげだったモルンの呼吸が少し和らぐ。


 しかし――。


「……だめだ、まだ暴れる!」


 影の奥から黒い触手のような筋が伸び、イリスを押し返すように弾いた。


 空気が震えた瞬間、


「ユリウス、今ッ!」


 シュウが短く叫んだ。

 ユリウスはすでに弓を引き絞り、影の中心――“影結び”と呼ばれる一点を狙っていた。


 しかし今回は影の抵抗が強い。普通の矢では押し返される。


 そこでシュウが胸もとから、一つの小さな銀のペンダントを取り出した。

 母の形見――“光紡ぎの晶片”。


 普段は飾りのような石だが、媒介となるときにだけ淡く輝く。

 母が願いを込めて作った、ささやかな光魔力の媒体だった。


「ユリウス、これを矢に!」


 一言で意味を理解したユリウスは頷き、放つ直前の矢にシュウの指先をそっと触れさせた。


 淡い光が矢に吸い込まれる。


「光の浄化……いける!」


 アリアが息を呑む。


 ユリウスは静かに呼吸を整え、弦を限界まで引いた。


「――《影結び、穿て》」


 一陣の閃光とともに矢が放たれる。


 矢は影の暴走波に触れた瞬間、

 黒を押し返す白い風をまとった。


 浄化の光が道を切り開き、まっすぐに影結びへ。


――ぱぁんッッ!


 光の破裂音が響き、大きく揺れた影が一瞬だけ動きを止めた。


「止まった……!」


 アリアが声を上げる。

 イリスも今が好機とばかりに影へと再び飛び込み、跳ね、揺らぎを均一にしていく。


 だが、影が弱まったと思ったのも束の間――。


「ま、まだ……来る……ッ!」


 モルンの身体が大きく仰け反り、影が再び巨大な波のように広がった。


「ひっ……!」


 後ろに隠れていたプエルが思わず声を上げる。だが――。


「大丈夫……だいじょうぶ……わたしが、月読猫さんを守る……!」


 震えた膝を無理に立たせ、プエルは前に出る。

 月読猫を抱きしめ、月のペンダントで防御魔法を展開する。


 それは小さな勇気だったが、確かに前へ踏み出した一歩だった。


「ルクス! 状況は?」


 アリアが叫ぶと、


「――影の同調率が……急上昇してる。

 碑文の封印に触れたことで、モルンの“内側”と遺跡の影が共鳴してるんだ!」


 ルクスは必死に術式を読み解きながら、早口で説明する。


「このままじゃ、影がモルン本人より強くなってしまう!」


「それって……!」


「モルンが“影側”に引きずられる!」


 空気が凍った。


 その言葉を聞いたモルン自身が、一番反応した。

 彼の琥珀色の瞳がわずかに揺れ、唇がかすかに震えた。


「……っ、く……」


 膝をつきながら、モルンは胸を押さえる。

 額から汗が滴り、影の波に合わせて肩が上下する。


「モルン!」


 アリアが手を伸ばしかけるが――影が彼女を拒むように、黒い風が吹き荒れる。


「来るな……アリア……」


 弱々しい声。

 しかしその奥には、はっきりとした“恐れ”がのぞいた。


「この影……俺では……止められない。

 こんな……姿……見せたく、ない……」


 アリアは首を振る。


「そんなの関係ないよ! モルンは――」


「……違う。これは……もう、“人”の影じゃない」


 影が大きく脈打つ。


 そして――モルンは苦しげに吐息を漏らし、かすかに笑った。


「――人化が……近いんだ」


 その言葉は、悲鳴にも、希望にも聞こえた。


 その瞬間、遺跡全体が暗転した。

 影の波がモルンの足元から天井まで駆け上がり、巨大な影の繭のような球体が形成されていく。


「アリア、離れて! 影の再侵食が始まる!」


 ルクスの声と同時に、ユリウスが再び矢をつがえ、シュウが胸のペンダントを握りしめて祈った。


「母さん……もう一度だけ、力を貸してくれ……!」


 淡い光が指の隙間から溢れる。


 イリスが影に飛びつき、プエルは震えながらも防御魔法を維持し、ルクスは術式を再構築し、ユリウスが狙いを定め、シュウは光を込める。


 アリアはただ、モルンの名を呼んだ。


「――絶対、助けるから」


 その小さな声が、影の繭の奥でかすかに響いた。


 影の試練は、まだ終わりを見せていない――。






ーーー287話へつづく

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