284話 眠る祭壇 - 月読猫の記憶
砂漠の遺跡の中心部にたどり着くと、そこには半ば砂に埋もれた古い祭壇がぽつんと残されていた。外の灼熱が嘘のように消え、ひんやりとした空気が肌を撫でる。乾いた風は止み、ただ静寂だけが支配する空間。砂粒がほんのわずかに舞い上がると、かすかな光の帯が祭壇を照らした。
アリアは月読猫を抱き直す。猫の耳はぴんと立ち、尻尾がそわそわと揺れ続けている。小さな胸の鼓動が、アリアの手のひらに微かに伝わってくる。
「……嫌な感じ、する?」
小さく問いかけると、月読猫は「にゃあ」と短く鳴いた。だがその目は、祭壇の奥に潜む何かをじっと見据え、まるで記憶をたどろうとしているかのようだった。
プエルは早速砂を払いのけ、祭壇の表面に刻まれた星の紋が現れるのを見て、目を輝かせた。
「うわぁっ、かっこいい! 星の紋だ!」
「触ると危ないから」
ルクスがフードの縁をつまみ、プエルを軽く持ち上げる。プエルはわっと声をあげ、アリアの後ろに避けた。
「なんで?」
「影の属性が濃すぎる。祭壇自体が魔法陣の一部だ。触れたら……吸われる可能性がある」
「ひぃ……吸われるのはいや!」
プエルは祭壇に後ろ髪を引かれるように目を向けたが、アリアの腕の中で体を小さく震わせた。
エリオットは膝をつき、床に落ちた砂の深さや足跡の形を慎重に調べる。
「……先客がいる。足跡が新しい。しかも複数だ」
「先客……?」
アリアが息をひそめて問いかける。
「冒険者か、盗掘狙いか……素人だな。この回廊を理解して歩いた形跡はない」
モルンがゆっくり一歩を踏み出すと、影がふわりと人型に膨らむ。アリアは思わず息を呑んだ。
「モルン……影が!」
「……わかってる」
モルンの笑顔は柔らかいが、微かに膝が震えているのがわかる。ルクスは影をじっと見つめ、息を吸った。
「影の魔力が、モルンから少しずつ吸われてる」
「大丈夫?」
アリアが肩に手を置く。
「……少し重いだけ。歩ける」
シュウはすぐに魔力回復用の補助アイテムを取り出し、イリスが胸を張って「モルン、疲れたら私の魔力あげる!」と手を挙げる。プエルも「わたしもあげるー!」と続いた。
「やっぱり影ぬい持ちには相性が悪いな……」
ルクスが影模様を見つめ、息を吐く。
マコトは前方で立ち止まり、風の流れを確かめる。
「風が……曲がってる。いや、そこだけ消えてる。見えない通路だ」
「見えない通路?」
プエルが首をかしげる。
「影で道を偽装してる。本当は通れるのに、壁に見せかけている」
マコトは風のわずかな流れを読み取り、慎重に歩を進める。砂が舞い上がり、沈まない場所だけが見えない壁で支えられているように見えた。
「ここだ。影が壁を隠している。通るなら、この細い風の通り道だけ」
「すごい……。師匠、よくこんなのわかるね」
アリアが感心して言うと、マコトは照れくさそうに鼻をかいた。
「昔から風の流れだけは得意だからな……こんな場所で役に立つとは思わなかったけど」
月読猫が低く喉を鳴らした。いつもの甘え声とは違う、緊張の混じった音だった。アリアは抱きしめ直す。
「どうしたの、月読さん……?」
そのとき、ユリウスが祭壇の周囲を歩きながら、石の微妙な凹凸や砂の変化を確かめていた。
「ここ、足元に注意。砂の盛り上がりが不自然。罠があるかもしれない」
アリアは頷き、猫をしっかり抱き直す。プエルもユリウスの隣に寄り、祭壇を慎重に観察した。
ルクスは祭壇の星紋に手をかざし、微かな力の流れを読み取る。
「この祭壇……記憶に関わる装置かもしれない」
「記憶……?」
アリアが呟くと、月読猫が再び低く鳴く。緊張と困惑が混ざった声に、アリアはさらに抱きしめた。
ユリウスがそっと肩に手を置き、静かに仲間を見渡す。
「無理はさせない。猫も含め、ここは慎重に進もう」
モルンは影の揺れを見つめながら、微笑んだような表情でアリアを見やる。
「大丈夫、アリアがいるから」
アリアは深く息を吸い込み、仲間たちと目を合わせた。
「行こう。慎重にね」
回廊を抜け、影を読み取りながら、仲間たちは祭壇の奥へと進む。月読猫はアリアの腕の中で震えつつも、回廊の先をじっと見つめている。ユリウスはその横で警戒を緩めず、必要なときに助けを差し伸べる態勢を保った。
祭壇の中心に近づくほど、空気が重くなり、影と光が絡み合う。仲間たちは息をひそめ、ただ歩みを進める。ここで何が起きるのか、誰もまだ知らない。ただ確かなのは、月読猫の震えとモルンの影、そしてユリウスの警戒が、この空間の危うさを物語っていることだった。
ーーー285話へつづく
※このお話の舞台はヨーロッパ風異世界であり、現実世界の歴史とは一切関わりありません。
作中に出てくる 国・文化・習慣・宗教・風俗・医療・政治等は全てフィクションであり、架空のものです。創作上の設定としてお楽しみいただけますと幸いです。
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