275話 風の道 - 月読猫の秘密
本編に戻ります。
夜明けの光が砂丘の稜線を照らし始めたころ、
アリアたちは旅支度を整えていた。
夜の冷気はすでに薄れ、代わりに砂漠特有の乾いた熱気が空気を包み始めている。
月読猫はすでに立ち上がり、
しっぽの先をゆらりと揺らして風の流れを感じ取っていた。
その動きは、ただの猫というより――まるで、風そのものと対話しているようだった。
「……風が、ざわついている」
ルクスが目を細める。
無詠唱の術式を展開し、周囲の魔力を探った。
確かに、微弱だが異質な魔力の波が空を滑っている。
モルンが低く唸った。
『風が呼んでいる……まるで、何かを導くようにな。』
「導く?」
アリアが問い返す。
『ああ。砂漠では“風の道”と呼ばれる現象がある。嵐のあと、一時的に現れる安全な通路だ。だが……普通は自然現象のはずだ。』
ルクスが顎に手を添え、月読猫を見やった。
「だが今回は違うな。……あの猫が、風を呼んでいる。」
月読猫がこちらを振り返り、「にゃ」と短く鳴いた。
その声と同時に、砂の海がざわりと揺れた。
まるで音に応じて風が立ち上がるように、砂丘の谷間を一本の筋が走る。
それは、砂の中に淡く光る細い帯――まるで月光のような白銀の道だった。
「……これが、“風の道”?」
アリアの瞳が光を映す。
モルンは首を振りながら言った。
『いや……これは、自然のものではない。
月読猫が……風の精霊たちと交信している。』
ルクスが小さく驚いたように目を見開く。
「風の精霊と? 猫が?」
『猫じゃない。』
ユリウスが静かに言葉を挟んだ。
彼は砂上にしゃがみ込み、指で道の縁をなぞる。
「この力の質……“風”ではなく、“月”の加護に近い。
つまり――この猫は、月の眷属かもしれない。」
「月の……眷属?」
アリアがつぶやいた。
ルクスがゆっくりとうなずいた。
「月の力は“夜を照らすもの”。砂漠では夜こそ生命の時間。
もしこの猫が月に属する存在なら、砂漠で道を導くのも道理だ。」
月読猫はその言葉を聞いているかのように、「にゃ」ともう一度鳴いた。
すると、風が再び吹き、白銀の道がゆっくりと延びていく。
彼はその先頭に立ち、しっぽを高く掲げた。
「……ついて来い、って言ってるみたいだね」
アリアが微笑むと、イリスが「ぴよん」と跳ねて先頭に並ぶ。
プエルもその後を追いかけて駆け出した。
「まってー! ねこさーん!」
モルンが翼を広げる。
『風の道は一瞬だ。長くは続かん。急ぐぞ。』
砂丘を渡る風はやがて旋風となり、アリアたちの衣をなびかせた。
砂が巻き上がり、光る道の上だけが不思議と静かで、まるで風に守られているようだった。
アリアが一歩踏み出すと、足元の砂がふわりと光る。
「……まるで、月の光の上を歩いてるみたい」
ルクスが後ろからその様子を観察しながら言った。
「空を歩く術式ではない。だが……質が似ている。
この猫、ただの化け猫じゃないな。」
ユリウスが横目でルクスを見た。
「“化け猫”というより、“化身”の方が近い。
古代の記録では、月の巫女が眷属に猫を選んだ例がある。
もしかすると……」
彼の言葉を遮るように、月読猫が突然跳躍した。
しっぽが風を切り、身体がふわりと宙に浮く。
次の瞬間、彼の姿は半透明になり――
銀色の光が翼のように広がった。
「え……? 飛んでる……!?」
プエルが歓声を上げる。
イリスも「ぴょん!」と跳ねて真似をしたが、すぐに砂の上にぽすんと落ちた。
『……やはり、あの猫は“月の守護”に属する存在だな。』
モルンがうなる。
『人間では再現できん術だ。風と月の位相を重ねるなど……』
ルクスが小さく笑った。
「おそらく、我々の知らぬ古代の契約が眠っている。
砂漠に眠る“祈りの塔”――その守護者としての役割を、今も果たしているのかもしれん。」
「守護者……」
アリアがその言葉を反芻した。
胸の奥が少し温かくなる。
――私を導く存在。
それがこの猫の役目なら、きっと……。
そのとき、風が強く吹いた。
道の端が崩れ始め、砂が舞い上がる。
「っ、崩れる!?」
ユリウスが叫ぶより早く、月読猫がアリアの足元に飛び込み、
彼女の裾を軽く噛んで引っ張った。
風が割れ、砂が流れ――彼女たちは再び安全地帯へと導かれた。
「……助けてくれたの?」
アリアがしゃがみこみ、猫の頭を撫でる。
月読猫は喉を鳴らし、「にゃあ」と甘えるように鳴いた。
ユリウスが静かに息を吐いた。
「……やはり、ただの猫ではないな。
風を操り、月の力を借りる……“風月の守護”か。」
ルクスが頷く。
「もしそれが真実なら、この砂漠に眠る何かを――彼は知っている。」
モルンが低くうなる。
『……ならば、導かれるままに進もう。
この風が、我らの行く先を示すのなら。』
アリアは猫を抱き上げ、胸に寄せた。
「ありがとう、月読さん。
あなたがいてくれると、どこへでも行ける気がする。」
猫は目を細め、月光のような瞳でアリアを見上げた。
その一瞬、彼の瞳の奥に――
夜空と同じ深い銀の光が、確かに宿っていた。
ーーー276話へつづく
※このお話の舞台はヨーロッパ風異世界であり、現実世界の歴史とは一切関わりありません。
作中に出てくる 国・文化・習慣・宗教・風俗・医療・政治等は全てフィクションであり、架空のものです。創作上の設定としてお楽しみいただけますと幸いです。
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