274話 砂漠の夜 - 小さな和み
昨日更新できなかったので、
今日は朝の更新です。
日が沈むと、砂漠は一変する。
昼の灼けつく熱が嘘のように消え、風はさらりと頬を撫でる。冷たく乾いた空気が夜を連れてくると、頭上には満天の星。
見渡す限りの砂丘が、星の光を受けてゆるやかに輝き、まるで金色の海が凍りついたように見えた。
アリアたちは、風除けになる小さな砂丘の陰で野営をしていた。
焚き火の炎がぱちりと音を立てる。橙の光に照らされ、仲間たちの顔が柔らかく浮かぶ。
モルンは少し離れた場所で、影の中に身を横たえていた。
野営の際は小型化していることが多いが、瞳の奥には夜を映す深い闇の光。
彼の周囲には自然と影が濃く集まり、夜の静寂がそこだけ深く沈んでいるようだった。
「……静かだね」
アリアが焚き火を見つめながら言った。
「昼とはまるで別の場所みたいだ」
マコトが砂を払って腰を下ろす。彼の剣はそばの岩に立てかけられ、柄が炎を映して赤く光っていた。
エリオットは水袋を回しながら、ルクスに問いかける。
「ルクス、明日はどこまで行けそうだ?」
「夜明けとともに出れば、昼までに岩場地帯に入れるだろう。休憩を多く取れば……日没前に次のオアシスだ」
「了解。じゃあ、夜番はどうする?」
「私とマコト、それにユリウスで回そう」
ユリウスが頷き、短く「任せろ」と言った。
彼は弓の弦を確かめ、傍らでプエルがその様子を興味津々で見ている。
「ねぇ、ユリウス。その弓、触ってみてもいい?」
「……弦に触るだけならな」
「やった!」
プエルは軽やかに近づき、指先で弦をはじいた。
小さな音が夜に溶けると、満足そうに笑う。
「わ、鳴った! 本当に鳴った!」
「弓は鳴らすものじゃなく、放つものだ」
「うん、でも鳴ったのも嬉しい!」
そのやり取りを見ていたアリアが微笑んだ。
焚き火の光に照らされ、彼女の頬は少し赤い。
――こんな時間が、ずっと続けばいいのに。
そう思った瞬間。
「にゃぁっ!」
突然、月読猫がプエルの背後から飛び出した。
ふわりと宙を舞い、プエルの肩の上に着地する。
「うわぁ!? な、なんか乗ってるー!?」
「にゃっ!」
猫は満足げに鳴き、プエルの頭の上で丸くなろうとする。
だが、プエルはくすぐったそうに身をよじり、ついには砂の上に転げ落ちた。
「いたた……あっ、逃げた!」
月読猫は軽やかに跳ね、イリスのほうへ駆け寄る。
イリスは「ぽよん」と体を弾ませ、猫を迎えた。
そのまま二人(?)は、まるで遊ぶ子どものように追いかけっこを始める。
「にゃっ、にゃにゃっ!」
「ぽよん! びよん!」
焚き火の光の中で、猫とスライムがくるくると回る。
跳ねて、転がって、また跳ねて。
イリスの虹色の体が、猫の銀色の毛に反射して光を散らした。
「……不思議な光景ね」
アリアが呟く。
「イリス、月読さんのこと……なんだか守る仲間だと思ってるみたいなの」
「同志ってやつか」
マコトが笑うと、イリスが「ぽよ」と小さく鳴いた。
その声に猫も「にゃ」と応じる。
まるで意思疎通でもしているようだった。
「かわいい……」
シュウが目を細め、胸のペンダントをそっと握った。
青白い光がふわりとあたりに広がり、空気が少しあたたかくなる。
「夜は冷えるから。少しだけ……」
「補助魔法か?」
とマコトが尋ねると、シュウは小さく頷いた。
「母の形見なんです。これで、少しだけ温めることができるんです」
その光が、イリスと月読猫の周囲にも届いた。
すると、猫がぴたりと足を止めて、空を見上げた。
満月に似た、やわらかな白。
次の瞬間、猫はふっと小さく「にゃん」と鳴き、アリアの足元に戻ってくる。
「……ありがとう、月読さん」
アリアが膝をつくと、猫はその膝の上に丸くなった。
焚き火のぬくもりと、シュウの光と、夜の冷たさが混じり合い、心地よい静寂が訪れる。
モルンがその様子を見て、ふっと息を漏らした。
「……守るというのは、こういうことかもしれないな」
ルクスが目を閉じて言葉を継ぐ。
「力で守る者、祈りで守る者。……そして、想いで守る者」
「それぞれが、同じ夜を見てるんだね」
アリアの声は、焚き火に溶けていった。
空を仰ぐと、星が降るほどに瞬いている。
遠い記憶の中の祈りの夜を思い出すような光景。
アリアの胸の奥で、静かな祈りが芽生える。
「明日も、皆が無事でありますように……」
月読猫が小さく「にゃ」と鳴いた。
まるでその祈りに応えるように。
イリスも「ぽよん」と跳ね、アリアの膝の上にちょこんと乗る。
火の粉が夜空に舞い上がり、流れ星のように消えた。
それはまるで、仲間たちの心を一つに結ぶ灯のようだった。
夜は静かに、更けていく。
ーーー275話へつづく
※このお話の舞台はヨーロッパ風異世界であり、現実世界の歴史とは一切関わりありません。
作中に出てくる 国・文化・習慣・宗教・風俗・医療・政治等は全てフィクションであり、架空のものです。創作上の設定としてお楽しみいただけますと幸いです。
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