272話 遺跡の中心 - 古代の記憶
長い回廊を抜けた先、そこは静寂そのものの広間だった。
天井の亀裂から差す光が、中央の石碑を淡く照らしている。
周囲の壁には、時の流れにも消えきらない古代の文字と壁画。
祈りを捧げる人々の姿、星々を仰ぐ巫女――そして、その足元には小さな猫の影。
「……ここが、中心……」
アリアが息を呑むと、その声すら吸い込まれるように静まり返る。
ルクスが慎重に手をかざす。
「魔力の残滓はあるが、敵意はない」
「でも、何かに見られてる……」
プエルが肩をすくめた。
そのとき――月読猫が静かに歩み出た。
砂の上を音もなく進み、石碑の前に座る。
その瞳が金色に揺らめいた瞬間、石碑が応えるように光を放った。
「……月読さん?」
アリアの呼びかけに、猫はゆっくりとこちらを見上げた。
“見ていて”とでも言いたげな視線。
やがて光が壁一面を包み、壁画の中の人物たちがゆらりと動き出す。
砂の粒が空に舞い、古代の幻が形を取っていく。
巫女が両手を掲げ、空の星へ祈りを捧げている。
その足元には――今の月読猫と同じ、琥珀の瞳をもつ小さな猫。
『砂は流れ、形を変えても、心はここに留まる……』
柔らかく響く声が、彼らの胸に届いた。
それは古代の祈りであり、この地を護るための誓いだった。
「……あれが、あなたの記憶?」
アリアが問いかける。
月読猫は石碑を見つめたまま、小さく「にゃあ」と鳴いた。
「あなた、ずっと見てたんだね。
この地が砂に呑まれても、誰もいなくなっても……」
アリアは膝をつき、猫の目線まで顔を近づける。
「寂しくなかった?」
猫はしばらく黙っていた。
けれど、やがてアリアの頬に顔を寄せ、そっと擦り寄るように鳴いた。
その音は――“もう、寂しくない”と語っているように聞こえた。
ルクスが静かに告げる。
「碑文に“砂の守護者、光を導く者”とある。どうやら、この猫は……その象徴だ」
「守護者……」
アリアが呟くと、足元に淡い光の紋が広がる。
月と星、そして猫を象る円環の模様。
アリアは微笑みながら言った。
「じゃあ……あなたは、砂漠の守護者であり、私たちの導き手なんだね」
月読猫は一歩前に出て、彼女の指先に鼻先をそっと触れさせた。
その瞬間、アリアの胸の奥に柔らかな熱が灯る。
彼の心が、ほんの少しだけ伝わってきた気がした。
――“守るために、生きてきた”
――“けれど今は、共に行くためにいる”
言葉にならない思念が、確かにそこにあった。
「ありがとう、月読さん。
あなたがいてくれて、本当によかった」
アリアの声に、猫は「にゃ」と短く返し、
ゆっくりと彼女の横を通り抜けて進んでいく。
まるで「まだ終わりじゃない」と言っているかのように。
光はやがて静かに収まり、遺跡は再び静寂を取り戻した。
けれど、アリアの心にはひとつの確信が残る。
――砂に埋もれても、祈りは消えない。
それを知っている存在が、今も隣にいる。
「行こう、月読さん」
アリアの声に応えるように、猫が軽やかに跳ねる。
その足音が、未来へ続く道を指し示していた。
ーーー273話へつづく
※このお話の舞台はヨーロッパ風異世界であり、現実世界の歴史とは一切関わりありません。
作中に出てくる 国・文化・習慣・宗教・風俗・医療・政治等は全てフィクションであり、架空のものです。創作上の設定としてお楽しみいただけますと幸いです。
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