253話 古代遺跡の足跡 - 守護の名残
灼けた砂の大地。空は燃えるような朱色を帯び、地平線の向こうで熱気が揺らめいている。長く続く砂丘を抜けた先、小さく頭を出した石柱が、風に吹きさらされながら佇んでいた。半ば砂に埋もれ、幾重にも風化した表面には、過去の時間が刻まれている。
アリアはそっと足を止めた。砂を踏む音が、しばらく静かな沈黙に溶け込む。手袋越しに触れた石柱は、ざらりと冷たく、淡い重みを持って掌に伝わった。
「……ただの石柱じゃない気がする」
アリアの声は小さく、けれど確かな響きを持っていた。砂塵の匂いが鼻をくすぐり、彼女の髪をやさしく揺らす。
ルクスは静かに歩み寄り、指先で古びた文様を辿った。その声は低く、柔らかく、長年の知識を宿すようだった。
「これは、長き時を越えて語り続けるもの。刻まれているのは…“守護者”の名——」
風が一瞬強まり、砂粒が舞い上がる。視界が白く霞み、遠くで砂嵐がうなりをあげる。ルクスは視線を石柱に戻し、続けた。
「ここは道標である。周囲には、古代遺跡群が散らばっている。これが示すものは、ただの伝承以上の意味を持つ」
アリアはそっと息を吐き、石柱の影に手を添える。砂が指の間からこぼれ落ちる。
「でも……文字が崩れてしまっていて、はっきりとは読めないわね」
ルクスは唇を噛み、やや首を傾げる。
「時の流れとはそういうもの。されど、これが示す先は確かな道。運命は我らに問いかけている」
アリアは手元のポーチから、コンパクト型の千里鏡を取り出した。まあるい化粧用パウダーケースのような形状。鏡面に指先を軽く触れると、微かな光が波打ち、温もりが掌に広がる。意識の奥で相手を思い描くと、鏡の中に像が現れた。そこには、旅芸人の母娘——アイとキキの顔があった。
「アイさん、キキさん……こちらアリアです。古代遺跡らしきものを見つけました。石柱には“守護者”という文字があって……何か知ってますか?」
アイは微笑み、少し遠くを見つめながら答える。
「守護者か……面白い。幾つか聞いたことがあるよ。砂漠を渡る者たちを護る存在、そんな話。各地で似たような伝承が残ってる」
キキが小さく首を傾げる。
「でも、お母さん……それって昔話じゃない?砂漠には奇談も多いから」
アイは軽く笑い、しかし視線を真剣にアリアへ向けた。
「確かに、全てが事実とは限らない。でもね、アリアちゃん。私たちの劇団には様々な土地の出身者がいる。耳に入る話も多い。それに、遺跡にまつわる話は特に珍しくないのよ」
キキが頷き、小声で付け加える。
「だから、まずは劇団仲間にも聞いてみる。何か手掛かりが見つかるかもしれない」
アリアは胸の奥で小さく息を吐き、柔らかく微笑んだ。
「ありがとう……お願いね。何か分かったら、すぐ知らせてほしいの。文字でも、声でも——どんな形でも」
アイは笑みを深くし、千里鏡越しに頷いた。
「任せて。情報が届いたら必ず送る。楽しみにしていて」
キキも小さく頷き、言葉を添える。
「できるだけ早く報告するわ」
アリアは鏡をそっと閉じ、再び石柱へ視線を戻した。砂漠の向こうに長く伸びる影。その先には、まだ見ぬ道と、古代の足跡が続いている——。
ルクスが低く告げる。
「我らが行く先は偶然ではない。それを知ることこそ、この旅の意味だ」
アリアは頷き、そっとルクスの肩越しに遠くを見つめる。
「……ええ。だから、歩き続けるのね」
一行は砂を踏みしめ、影の向こうへと歩き出した。砂の粒が足元で鳴き、風が低く唸る。胸の奥に、薄く揺れる謎。
*
数日後 — 砂漠の休息地
夕暮れ。空は淡く茜色に染まり、砂丘が紫色の影を落とす。火照った肌に冷たい風が撫で、アリアはキャンプの外で一息ついた。手元に千里鏡を取り出し、そっと鏡面に指を触れる。淡い光が波打ち、アイとキキの顔が浮かび上がった。
アイが笑顔で言う。
「アリアちゃん!あれから劇団仲間に聞いてみたわ。いくつか面白い話が集まった」
キキが続ける。
「砂漠の遠方に、“虹の守り手”と呼ばれる存在の話があるらしい。古い歌や詩に出てくるそうよ。しかも、その話には『古代の盟約』に関わるという言い伝えもあるって」
アリアは息を呑む。
「…盟約?」
アイは頷き、鏡越しに頬杖をつく。
「ええ。詳しくはまだ分からない。でも探すわ。次に何か分かったら、また知らせる。約束する」
アリアは静かに笑った。
「ありがとう。必ず待ってる」
キキは柔らかく微笑み返す。
「気をつけてね、アリアちゃん」
鏡が静かに閉じられる。砂漠の夕暮れはゆっくりと色を変え、星の兆しを灯し始めた。
遠く、風の音の中で、誰も知らない古代の記憶が、そっと囁く——。
ーーー254話へつづく




