251話 影循環の試み - 砂漠の息と鼓動
今日はちょっと長めのボリュームです。
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夜明け前の砂漠は、息を潜めていた。
昼の灼熱が嘘のように冷えこみ、砂の粒は青白く光を返す。
風が一筋、モルンの体を撫でた。黒い影が重なる体がわずかに波打ち、胸の紋様が脈打つように光を放つ。
――影が、うずく。
モルンは低く唸り声をあげた。痛みとも、違う。けれど胸の奥で何かが動いている。
成長痛、とアリアは呼んだ。けれどそれはただの成長ではなく、別の存在に引きずられるような“変化”だった。
「モルン、無理しないで」
アリアが駆け寄り、彼の肩に触れる。掌の下で、影の体が震えていた。
モルンは首を振り、影の重なる腕を伸ばして“だいじょうぶ”と示す。
けれどその影の動きも、どこか不安定だった。
少し離れたところで、イリスが「ぽよん」と跳ねた。
虹色の体が月光を受けて揺れる。
『もるん、いたいの? ……がんばれ……』
小さな声。けれどその一言に、場の空気が少し柔らかくなる。
エリオットが杖を軽く地に突き、空気を感じ取るように目を閉じた。
「魔力の流れが乱れている。……影が、自分の内側で循環しようとしているんだ」
「循環……」
アリアがその言葉を繰り返す。
影循環――それは、モルンが先の戦いで初めて見せた現象。怨念を吸い込み、無力化する不思議な力。だがまだ完全ではなく、彼の体をむしばんでいるようにも見えた。
マコトが短く息を吐いた。
「しばらく歩みを止めよう。夜明け前の冷気が、痛みを増してる」
「賛成だ。焦るより、今は整える方がいい」
ユリウスも頷き、警戒の視線を周囲に走らせる。
ルクスは小さな砂の渦を作りながら、遠くを見つめていた。
「……この先に、風の祈祷所の跡がある。砂に埋もれた神殿跡だ。休むなら、そこで」
*
少し歩くと、風に削られた柱が現れた。
かつて祈りの場所だったらしいそこは、今では砂の丘に半ば呑まれ、静かな空気に包まれている。
アリアたちは焚き火を起こし、わずかな光で温を取った。
モルンは影の体を少し丸めて座る。
その胸の紋様が、かすかに明滅していた。
まるで何かを求めるように。
「……ねえ、ケイに相談してみようか」
アリアが呟くと、仲間たちは顔を上げた。
「千里鏡、だな?」
とマコト。
アリアは頷いて、腰の袋から小さな丸い鏡を取り出した。掌に収まるサイズの、銀のコンパクト。
古びた細工が刻まれ、中央の鏡面が月のように淡く光る。
アリアは深呼吸し、そっと鏡の表面に指先を置いた。
思い浮かべるのは――砂漠の外れで医療奉仕を続ける青年、ケイの穏やかな笑顔。
「……ケイ、聞こえる?」
鏡の面が波打ち、光が揺れる。やがてそこに、彼の姿が映った。
『アリア? 夜中だね……どうした?』
「モルンのこと。影循環の力が、少しずつ強まってるの。でも、痛みもひどくて……」
ケイはしばし黙って、モルンの方へ目を向けた。
『ああ……成長の過程で、魔力の流れが歪んでる。無理に抑えようとすると、逆に負担になるよ』
「どうすれば……?」
『“支える”んだ。彼が自分で循環を整えるのを、外から少しだけ助ける。
アリア、君たちの魔力はもう繋がっている。焦らずに、呼吸を合わせて』
その声は、砂漠の夜に優しく染みた。
アリアは鏡を閉じ、そっと息を吐いた。
「……みんなで、モルンを支えよう」
*
焚き火の周りに、仲間たちが集まった。
イリスがアリアの膝に「ぽよん」と乗り、プエルがその隣で丸まる。
エリオットが静かに呪文を唱えると、空気が少し柔らかく揺れた。
「魔力の流れを安定させる結界を。みんな、呼吸を合わせて」
マコトが短く息を吐き、ルクスが目を閉じて風を導く。ユリウスも剣を脇に置き、静かに手を組んだ。
アリアはモルンの背に掌を置いた。
影の体は冷たく、でもその奥には確かな鼓動があった。
「……聞こえる? 私たちはここにいるよ」
その声に、モルンの影がわずかに震える。
ゆっくりと、黒い紋様が脈動を始めた。
吸い込むように空気が揺れ、砂の上に淡い光の輪が広がっていく。
『……モルン、だいじょうぶ。アリアたち、いっしょ。』
イリスの声は、まるで子守唄のようだった。
プエルが手を伸ばし、イリスの体に触れる。
『ほら、あったかい。モルンも、ぽかぽかになるよ!』
その瞬間――影の循環が静かに整い始めた。
痛みに歪んでいたモルンの呼吸が、次第に穏やかになる。
光と影が交わり、彼の体の内側で均衡が生まれた。
エリオットが目を開く。
「……成功だ。魔力の流れが落ち着いた」
マコトが安堵の息を漏らす。
「やれやれ、焦ったぜ。こいつ、まるで爆ぜそうだったからな」
アリアはモルンの頭を撫で、そっと微笑んだ。
「ありがとう、みんな。モルン……よく頑張ったね」
モルンは低く喉を鳴らし、影の尾をゆるりと揺らした。
“ありがとう”という言葉を、影で伝えるように。
ルクスが火を見つめながら言った。
「影循環……それは彼だけの力。でも、僕たちの想いがあってこそ、形になる」
「ええ」
アリアは空を見上げた。
群青が薄れ、東の空が少しずつ白み始めている。
夜が明ける。
新しい一日が、また始まる。
*
焚き火の炎が消えかけたころ、千里鏡が淡く光った。
アリアが取り上げると、鏡面に短い文字が浮かんでいた。
――『無理をせずに。皆で進め。それが力になる。』
ケイの手書きのメッセージだ。
アリアは小さく笑って、指先で“ありがとう”と返した。
砂漠の向こうには、まだ見ぬ光がある。
怨念が潜み、試練が待ち構えている。
けれどアリアたちはもう、迷わない。
誰か一人の力ではなく、みんなの絆で進む。
夜明けの風が吹き抜け、砂粒がきらめく。
イリスがその光の中で「ぴかっ」と輝いた。
『いく? あさだよ!』
その声に、みんなが笑った。
モルンもゆっくりと立ち上がり、影を広げて朝日を受ける。
その影はもう、痛みに歪むものではなく――
新しい力として、仲間を包み込むように広がっていた。
ーーー252話へつづく
※このお話の舞台はヨーロッパ風異世界であり、現実世界の歴史とは一切関わりありません。
作中に出てくる 国・文化・習慣・宗教・風俗・医療・政治等は全てフィクションであり、架空のものです。
あくまで創作上の設定としてお楽しみいただけますと幸いです。




