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私が占い師になった理由。  作者: 月灯
第十章 果てなき砂と星の狭間で
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240話 砂の影 - 静かに迫る旗影

✪読んでくださり、ありがとうございます。

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 泉を後にした一行は、再び砂漠の只中へと歩みを進めていた。

 冷たい水で潤した喉と肌は、まだわずかに清涼を覚えている。けれど、砂の海は容赦なくその記憶を奪い去っていく。足裏から這い上がる熱気、頭上から叩きつける陽射し、吹きすさぶ風に舞い上がる砂。ほんのひとときの楽園は、すでに夢か幻のようだった。


 アリアは乾いた風に髪をなぶられながら、無意識に振り返った。

 泉はもう見えない。振り返っても、ただ陽炎に歪む砂丘が広がるばかりだ。ほんのわずか前まであった水のきらめきも、木陰の涼やかな感触も、影も形もない。


「……消えてしまったみたい」


 アリアの呟きに、イリスが肩の上で小さく震える。


「……まぼろし、でも……ほんと」


 片言ながらも、必死に伝えようとする声。その響きは、アリアの胸を温めた。



「そうだな。幻のように現れては消えたが、あれは確かに我らを救った」


 ルクスが淡々と応じる。声は学者のように落ち着き、長い月日を生きた星霊ならではの重みを帯びていた。


「水は留まらぬ。常に流れ、移ろいゆく。だからこそ尊いのだ」



 マコトが額の汗をぬぐい、苦笑まじりに言った。


「にしても……砂漠ってやつは、人を試してくるな。オアシスで元気を取り戻したと思ったら、もうこんなにきつい」


 その言葉には愚痴よりも、仲間を気遣う響きがあった。



 プエルは足をとめ、手のひらをかざして空を見上げた。


「わたし、まだ泉の冷たい水を覚えてるよ。でも……それが遠くなるたびに、胸がざわざわする」


 透き通る声に、無垢な不安が滲む。



 そんな中、モルンが低く唸った。尾を砂に打ちつけ、鼻先を持ち上げて西の方角を睨む。

 砂煙がひときわ濃く舞い上がった。



「モルン……なにか感じたの?」


 アリアが問いかけると、竜はもう一度尾を打ちつけ、警戒を示した。



 ルクスがその様子を見て、瞳を細める。


「……風の流れが乱れている。ただの熱風ではない。外的な動きが、空気を歪ませているのだろう」



 イリスがぴょん、とアリアの肩から飛び降り、砂の上で小さく弾んだ。


「……あぶ、あぶない。くるよ、くる」


 小さな体で必死に伝えるその声に、皆が一斉に身を強張らせる。



「幻じゃない……あそこに、何かいる」


 シュウの声が冷静に響いた。医師として鍛えた観察眼が、砂丘の上の揺らぎに確かな異変を捉えていた。



 緊張が一気に広がる。



 そのとき、エリオットがアリアの前に歩み出た。

 彼は長杖をしっかりと握り、砂に突き立てて身構える。杖の先端にかすかな光が集まり、まるで彼の決意を映すかのようにきらめいた。


「大丈夫。何が来ても、俺たちはもう一人じゃない。泉で誓っただろ? 仲間を信じて進むって」



 その背はアリアを覆うように大きく、声は不思議と安心感を与えた。


 ユリウスは皆の声を黙って聞いていたが、やがて口を開いた。


「……旗だ」


 静かで低い声が、砂を切り裂くように響いた。


「黒い旗が、砂丘の向こうに立っている。数は……二十、いや三十。まとまって動いている。恐らく、星霊狩りの本隊だ」



 全員の胸に、冷たいものが走る。


「本隊……?」


アリアが息を呑む。


「前に出くわした斥候たちとは違う。奴らの中心部隊か」



 ユリウスは砂丘を鋭く見据えたまま続けた。


「陣形を崩さず進んでいる。旗の位置からして、指揮官が中央にいるはずだ。恐らく星霊の気配を追っている。……我らの存在に気付かれた可能性が高い」


「そんな……じゃあ、逃げられないの?」


 プエルが震える声で問う。



 ユリウスはゆっくり首を横に振った。


「砂漠は敵にも厳しい。水を求めて進むのは我らだけではない。ここで動きを誤らねば、まだ勝機はある」


 その声は淡々としていたが、不思議と仲間を落ち着かせた。ウィステリア王国騎士団団長となった兄ルシウスの隣で参謀として戦況を冷静に分析し、最悪を想定しながらも可能性を示す手腕。それがユリウスの強さだった。



「……怖がる必要はない」


 ルクスがゆっくり言葉を継いだ。


「我らは既に、風と水の星霊の加護を受けた。誓いを胸に、恐れず進むのみだ」



 アリアは深く息を吸い込み、仲間たちを見回した。


 プエルは不安げに手を握っている。イリスはその上にちょこんと乗って、ぽよんと小さく跳ねた。


 モルンは尾を振り、眼差しに小さな炎を宿している。


 マコトは息を整えながらも、視線は仲間の安否を気遣っていた。


 シュウは冷静に薬箱の位置を確かめ、いつでも動けるよう備えている。


 エリオットは長杖を握り、光を宿してアリアの前に立っている。


 ルクスは学者のように沈思し、ユリウスは冷たい瞳で砂丘を見据えていた。



 ――みんながいる。



 アリアは心の中でそう呟いた。泉での誓いが、胸の奥で再び灯り始める。



 やがて砂の向こうに、黒い旗がはっきりと姿を現した。

 漆黒の布が風に翻り、陽炎の中で不吉に揺れる。

 旗に刻まれた紋章は、まるで星を貫く刃のように鋭かった。



「……来る」


 ユリウスの言葉と同時に、全員の視線が一点に集まる。




 砂の影は、じわじわと迫ってきていた。

 音はまだ届かない。ただ、旗のはためきだけが、風を切って響いていた。


 それはまるで、戦の幕開けを告げる太鼓の音のように。





ーーー241話へつづく


※このお話の舞台はヨーロッパ風異世界であり、現実世界の歴史とは一切関わりありません。

作中に出てくる 国・文化・習慣・宗教・風俗・医療・政治等は全てフィクションであり、架空のものです。

あくまで創作上の設定としてお楽しみいただけますと幸いです。

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