237話 乾きと試練 - 蜃気楼の導き
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砂の照り返しは刃のように肌を焼き、喉の奥は乾ききって音も出ない。
吹き抜ける風すら熱を帯び、砂漠は歩く者の意志そのものを試すようだった。
「……師匠?」
アリアが振り返った瞬間、仲間の影が砂上に崩れ落ちた。
「っ……」
倒れたのはマコトだった。鎧の隙間からあふれた汗はもう乾き、唇は血がにじむほどにひび割れている。
「マコト兄!」
ルクスが駆け寄る。
「先生!? まさか水を……」
ユリウスの顔が険しくなる。
イリスがびよん、と震えながらマコトの腰の水袋を覗いた。中はほとんど空だった。
「……皆に……譲っただけだ」
かすれた声が返る。
「自分は耐えられる……そう思って……」
武士の意地、仲間への思いやり。それが極限の砂漠では裏目に出たのだ。
「なんで……っ!」
アリアは慌てて額に手を当てた。火のような熱。呼吸は浅く、このままでは危うい。
「日陰に! すぐに!」
エリオットが外套を広げ、即席の布影を作った。ユリウスはマントを外し、砂に敷いて体を横たえる。
その横に、静かに膝をつく影があった。
「……熱中症だ」
声の主はシュウだった。いつもの穏やかな表情は消え、冷静な医師の顔をしていた。
「体温を下げろ。残りの水を布に含ませ、額と首、脇の下に。呼吸が浅い……気道を確保して」
的確な指示に、皆はすぐ動いた。アリアは布を絞り、額を冷やす。ユリウスが肩を支え、ルクスが小さな手で水を振りかける。イリスはひんやりした体を寄せて、冷却を手伝った。
シュウはマコトの手首を取り、脈を確かめる。苦悶に歪んだ顔を見つめる瞳には、どこか母を思わせる柔らかさが宿っていた。
「……まだ助かる。だが、このままでは……」
声を切ると、仲間の視線が一斉に集まった。
「水は、もう……」
エリオットが低く言う。
「次の補給地までは……持たん」
沈黙が一行を包み、乾いた風が砂を吹き上げる。
そのとき――
「……あれを、見て」
プエルが指差した先に、揺らめく光景があった。
砂丘の向こうに、青緑の光。樹木が影を落とし、泉の水面が陽光を反射している。
「泉……?」
アリアが呟く。だがすぐにユリウスが首を振る。
「いや、ありえん。蜃気楼だ」
皆、わかっていた。砂漠が見せる残酷な幻影。
それにすがるほど、彼らは追い詰められているのだ。
「……だが」
熱に浮かされたマコトが、かすかに笑みを浮かべた。
「導きかもしれん……行ってみるべきだ」
「幻かもしれない」
エリオットが低く言う。
「だが、行かねば希望は潰える」
ユリウスが応じる。
アリアは迷った。命をつなぐか、無駄に終わるか。
しかし、耳の奥にかすかな声が届いた気がした。
――「……来よ。渇きを抱く者たち……」
水面を伝う響きのような、低く柔らかな声。
その瞬間、シュウが顔を上げた。瞳の奥に光が宿る。
「……聞こえたか、アリア。あれはただの幻じゃない」
母の祈りを継いだ者としての確信が、彼の声にはあった。
アリアは息を呑み、震える手を握りしめた。
「……行こう。幻だとしても、何かが呼んでる」
砂漠の真ん中、揺れる蜃気楼を目指し、一行は歩みを進める。
その先に、まだ見ぬ試練と出会いが待っていることを知らずに――。
――ー238話へつづく
※このお話の舞台はヨーロッパ風異世界であり、現実世界の歴史とは一切関わりありません。
作中に出てくる 国・文化・習慣・宗教・風俗・医療・政治等は全てフィクションであり、架空のものです。
あくまで創作上の設定としてお楽しみいただけますと幸いです。




