232話 灼熱の行軍 - 星を仰ぐ夜に
砂漠に足を踏み入れて二日目。
陽が天頂を越える頃、灼熱はまるで刃のように一行の体力を削いでいった。
「……砂って、こんなにも重いんだな」
ユリウスが小さく吐き出す。歩くたびに砂がずり落ち、前に進んだ分だけ後ろに引き戻される。
マコトは無言のまま歩を進めていた。背に汗が伝っても、彼の歩幅はほとんど乱れない。ただ、深く刻まれた足跡だけが、確かな存在感を残していた。
「師匠、大丈夫ですか?」
アリアが声をかける。
「……問題ない」
それだけを答え、彼は前を見据える。だが、その足取りも次第に砂にとられ、膝がぐらついた。
「わっ、師匠!」
アリアが駆け寄ろうとした瞬間――
「ぴょんっ!」
イリスが勢いよく飛び出し、マコトの足元で弾んだ。弾力のある身体がクッションとなり、彼の体を支える。
「……助かった」
マコトは少し驚いたようにイリスを見下ろし、わずかに目尻を和らげた。
「イリス、すごい!」
アリアが笑顔を見せると、イリスは誇らしげに「ぴょんぴょん」と跳ねた。
その小さなやり取りに、熱気に押されていた空気がほんの少しだけ和らいだ。
だが、昼の砂漠は容赦なく続く。
エリオットが額の汗をぬぐいながら、声を張った。
「ここで消耗しすぎると危険だ。休憩を挟もう。影がある岩を探すぞ」
やっとの思いで岩陰を見つけると、一行はそこに腰を下ろした。熱せられた空気の中、アリアは水筒を抱えるようにして小さく息をつく。
「……砂漠って、思ってた以上に過酷だね」
「夜はもっと別の顔を見せるさ」
エリオットの言葉は重く、どこか遠くを見ているようだった。
*
日が落ち、空気が一気に冷え込む。
昼間の灼熱が嘘のように、砂の海には冷たい風が走った。
小さな焚き火を囲み、皆が肩を寄せる。火の明かりに照らされる顔は、昼間よりも静かだった。
「……砂漠って、本当に不思議だね。昼は焼けるように暑いのに、夜はこんなに寒いなんて」
アリアはマントを胸元まで引き寄せながらつぶやく。
「砂が熱を溜め込み、同時に逃がすからな」
寡黙なマコトが、短く説明する。その声音は冷たい空気と同じくらい澄んでいた。
「環境は容赦ない。だからこそ、身を合わせるしかない」
アリアは焚き火の炎を見つめながら、静かにうなずいた。
「……はい、師匠」
その言葉には、尊敬と安心が混じっていた。
イリスは火のそばで「ぴょん」と小さく跳ね、炎の温もりを楽しんでいる。シュウが苦笑しながら木の枝を動かし、火を調整した。
「まるで人間みたいに、火にあたるんだな」
そんな穏やかな時間の中、ふとアリアの脳裏に、昼間すれ違った商人の言葉がよみがえる。
――“星霊を狩る者がいる”
その響きが、火の爆ぜる音に重なった。
「……師匠」
アリアが小さく声を落とす。
「砂漠の噂、気になります。星霊を狩る者って……本当に」
マコトは焚き火から視線を外さず、しばらく沈黙した。
やがて、低い声が返る。
「真偽はわからん。ただ、噂は形を変えて広がる。だが――」
そこで一度言葉を切り、アリアの方を見た。
「備えておくことは、無駄にはならない」
アリアは真剣な眼差しを受け止め、唇を結んだ。
「……はい」
冷たい夜風が砂を運ぶ。
その音は、まるで砂漠が秘密を囁いているかのようだった。
炎に照らされた仲間たちの横顔を見ながら、アリアは胸の奥に広がる不安を押し殺した。
けれど、星空の下で焚き火を囲む温もりが、わずかに彼女を支えていた。
――砂漠の行軍は、まだ始まったばかりだった。
ーーー233話へつづく




