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私が占い師になった理由。  作者: 月灯
第十章 果てなき砂と星の狭間で
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232話 灼熱の行軍 - 星を仰ぐ夜に


 砂漠に足を踏み入れて二日目。

 陽が天頂を越える頃、灼熱はまるで刃のように一行の体力を削いでいった。


「……砂って、こんなにも重いんだな」


 ユリウスが小さく吐き出す。歩くたびに砂がずり落ち、前に進んだ分だけ後ろに引き戻される。


 マコトは無言のまま歩を進めていた。背に汗が伝っても、彼の歩幅はほとんど乱れない。ただ、深く刻まれた足跡だけが、確かな存在感を残していた。


「師匠、大丈夫ですか?」


 アリアが声をかける。


「……問題ない」


 それだけを答え、彼は前を見据える。だが、その足取りも次第に砂にとられ、膝がぐらついた。


「わっ、師匠!」


 アリアが駆け寄ろうとした瞬間――


「ぴょんっ!」


 イリスが勢いよく飛び出し、マコトの足元で弾んだ。弾力のある身体がクッションとなり、彼の体を支える。


「……助かった」


 マコトは少し驚いたようにイリスを見下ろし、わずかに目尻を和らげた。


「イリス、すごい!」


 アリアが笑顔を見せると、イリスは誇らしげに「ぴょんぴょん」と跳ねた。


 その小さなやり取りに、熱気に押されていた空気がほんの少しだけ和らいだ。




 だが、昼の砂漠は容赦なく続く。

 エリオットが額の汗をぬぐいながら、声を張った。


「ここで消耗しすぎると危険だ。休憩を挟もう。影がある岩を探すぞ」


 やっとの思いで岩陰を見つけると、一行はそこに腰を下ろした。熱せられた空気の中、アリアは水筒を抱えるようにして小さく息をつく。


「……砂漠って、思ってた以上に過酷だね」


「夜はもっと別の顔を見せるさ」


 エリオットの言葉は重く、どこか遠くを見ているようだった。





 日が落ち、空気が一気に冷え込む。

 昼間の灼熱が嘘のように、砂の海には冷たい風が走った。


 小さな焚き火を囲み、皆が肩を寄せる。火の明かりに照らされる顔は、昼間よりも静かだった。


「……砂漠って、本当に不思議だね。昼は焼けるように暑いのに、夜はこんなに寒いなんて」


 アリアはマントを胸元まで引き寄せながらつぶやく。


「砂が熱を溜め込み、同時に逃がすからな」


 寡黙なマコトが、短く説明する。その声音は冷たい空気と同じくらい澄んでいた。


「環境は容赦ない。だからこそ、身を合わせるしかない」


 アリアは焚き火の炎を見つめながら、静かにうなずいた。


「……はい、師匠」


 その言葉には、尊敬と安心が混じっていた。



 イリスは火のそばで「ぴょん」と小さく跳ね、炎の温もりを楽しんでいる。シュウが苦笑しながら木の枝を動かし、火を調整した。


「まるで人間みたいに、火にあたるんだな」



 そんな穏やかな時間の中、ふとアリアの脳裏に、昼間すれ違った商人の言葉がよみがえる。


――“星霊を狩る者がいる”


 その響きが、火の爆ぜる音に重なった。



「……師匠」


 アリアが小さく声を落とす。


「砂漠の噂、気になります。星霊を狩る者って……本当に」


 マコトは焚き火から視線を外さず、しばらく沈黙した。

 やがて、低い声が返る。


「真偽はわからん。ただ、噂は形を変えて広がる。だが――」


 そこで一度言葉を切り、アリアの方を見た。


「備えておくことは、無駄にはならない」


 アリアは真剣な眼差しを受け止め、唇を結んだ。


「……はい」




 冷たい夜風が砂を運ぶ。

 その音は、まるで砂漠が秘密を囁いているかのようだった。


 炎に照らされた仲間たちの横顔を見ながら、アリアは胸の奥に広がる不安を押し殺した。

 けれど、星空の下で焚き火を囲む温もりが、わずかに彼女を支えていた。




 ――砂漠の行軍は、まだ始まったばかりだった。





ーーー233話へつづく

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