229話 星々に捧げることば - 透明な風とつながる祈り
遺跡の広間を覆う風は、静かに震えていた。
結界はすでに崩れかけている。それでも完全にはほどけず、奥に眠る“風の星霊”はいまだ姿を現さない。
『……足りぬ。もうひとつ、最後の鍵が』
声は重なり、祈る者の胸に響いた。
アリアは仲間たちを見渡す。皆、それぞれに己の覚悟を見つめ直した。だがまだ欠けているものがあるらしい。
「最後の鍵って……何なの?」
イリスが小さく首をかしげ、不安そうにアリアの袖をつまむ。
「“純なる祈り”と“意志”は揃ったはず。でも、もう一つ……」
エリオットが低くつぶやき、考え込む。
そのとき、胸元のペンダントが、ぽうっと光を放った。
「……これは」
驚いたようにシュウが目を見開く。形見としていつも懐に忍ばせていた母のペンダント。その光はまるで導くように、結界の中心へと揺らめいていた。
風の声が重なる。
『血に刻まれし記憶。聖女のことばを……ここへ』
*
シュウの脳裏に、不意に幼い日の記憶が蘇る。
母がよく口ずさんでいた、やさしい旋律。星を仰ぐ夜に、小さな寝台のそばで歌ってくれた子守唄。
「……あれは、祈りの歌……」
震える唇から言葉が漏れる。
母が残したのは、ただの歌ではなかった。古く伝わる聖女の祈り。その旋律が今、最後の鍵となる。
仲間たちが見守る中、シュウは深呼吸し、静かに口を開いた。
*
小さな声から始まった歌は、次第に遺跡全体に響き渡っていく。
その旋律はあたたかく、どこか懐かしい。風が共鳴し、光の粒が舞い上がる。
アリアは胸に手を当て、思わず目を閉じた。
……この旋律、私も知っている。夢の中で、何度も聞いた気がする。
次の瞬間、彼女の声が自然と重なった。
歌うつもりなどなかったのに、心の奥からあふれるように言葉が出てきた。
ふたりの声が重なったとき、結界は大きく波打つ。
ユリウスは思わず息をのむ。
「……これが、聖女のことば」
エリオットは静かに頷き、
「やっと……つながったんだな」
とつぶやいた。
そして、イリスが涙ぐみながらアリアを見つめる。
「アリア……わたし、ここで……この歌を聞いてた気がする。ずっと昔に」
彼女の声は震えていたが、その瞳は確かな確信を宿していた。
*
光が広間を満たし、結界がひび割れて砕け散る。
眩しい閃光の中から、ひとつの姿が現れた。
透明な風をまとい、羽のように軽やかな肢体。
髪は風の流れのように揺れ、瞳は空の色を映す。
『……よくぞ、ここまで辿り着いた。』
それは、風の星霊だった。
アリアは思わず息をのむ。
美しい、とか、荘厳、とか、そういう言葉では足りない。目の前の存在は、ただ「風」そのものだった。
『我はアルセナ。古の時代より、星々の運行を見守りしもの。』
声は風のささやきのように広がり、一同の胸に届く。
『人の子らよ。汝らの祈り、確かに受け取った。──しかし、来たるべきものは近い。星を喰らう影は、なおも力を増している』
広間に冷たい気配が流れる。
マコトが剣を握りしめ、エリオットは結界の残滓を警戒するように目を走らせた。
けれどアルセナの声は穏やかに続いた。
『風はすべてを拒まず、すべてを運ぶ。汝らの想いもまた、風に託された。』
*
アルセナはそっとアリアに視線を向ける。
『聖女の血を継ぐ者よ。汝の声は、風を動かした。』
アリアははっとして両手を胸に重ねる。
「私は……まだ、何もできていません。でも……みんなと共に歩んで、未来を掴みたい。そのために力が要るなら……」
言葉を最後まで言い切る前に、アルセナは微笑んだ。
『答えはもう示されている。契約はまだ果てぬ。だが、風はいつでもそばにある』
その瞬間、アリアの胸の奥に、柔らかな風が吹き込むような感覚があった。
力ではない。けれど確かに「つながり」が刻まれた。
*
光が薄れ、アルセナの姿は少しずつ透明になっていく。
『風は常に巡る。また、必要な時に会おう。』
そう告げ、星霊は消えた。
しばし誰も声を出せなかった。
静寂の中、イリスがぽつりとつぶやく。
「……アリア。わたし、やっぱり……ここで祈ってた。すごく小さい頃、アルセナに……お願いしてた気がするの」
その言葉に、アリアは彼女の手をそっと握った。
「うん。きっと、全部つながってる。私たちの出会いも、この旅も」
仲間たちは互いに目を見合わせ、そして頷いた。
風が吹き抜け、広間を包むマントを揺らす。
──新しい旅路が、またここから始まるのだ。
ーーー230話へつづく
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※このお話の舞台はヨーロッパ風異世界であり、現実世界の歴史とは一切関わりありません。
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