227話 封じられし星の祈り - 風の遺跡に吹く気配
夜明けとともに、山間の霧が白く立ちのぼっていた。
昨夜の戦いの余韻はまだ体に残っていたが、一行は休息を終え、瘴気の発生源を突き止めるべく歩を進めていた。
木々の隙間から差し込む朝の光はやわらかいはずなのに、空気にはどこか澱んだ重みがあった。
アリアは胸の奥で、目に見えない風がひたひたと押し寄せてくるような感覚を覚えていた。
「……やっぱり、この先だね」
ルクスが眉を寄せる。星霊である彼の感覚は敏感で、ただの人間には分からない「歪み」を察していた。
しばらく進むと、森が急に開け、苔むした石の階段が現れた。
その上に広がるのは、巨大な祭壇跡だった。崩れかけた柱、風雨に削られた壁面には、星々をかたどった古い文様が刻まれている。
「ここは……」
アリアが思わず息を呑む。
イリスが前へ進み、触手を伸ばした。
小さな触手が石壁に触れた瞬間、淡い光がふわりと舞い上がる。
イリスの瞳が揺れる。
「しってる……ここ、わたし……きたことがある」
仲間たちが驚いて視線を交わす。イリスは幼い頃の記憶をほとんど持たない。それでも祭壇は、彼女の奥底に眠る何かを呼び覚ましているらしかった。
祭壇の中央には、風を集めるようにして立つ古い石柱があった。その奥に、淡い結界の光が張り巡らされている。近づこうとすると、透明な壁に阻まれ、進むことができない。
「結界か……相当古いものだな」
ユリウスが手をかざす。だが王家の血筋に刻まれた魔力をもってしても、触れれば弾かれるだけだった。
エリオットが剣を下げたまま低く唸る。
「力づくではどうにもならない。これを築いたのは、人の手ではないな」
モルンが低く鳴き、風に鼻をひくつかせる。彼の感覚もまた、この奥に眠る存在を感じ取っていた。
「中に……なにかいる」
シュウが小さく声を漏らした。医師見習いとして冷静であるはずの彼の声に、わずかな震えが混じる。
その瞬間――祭壇全体を包む風がざわりと揺れ、耳に届かぬはずの声が響いた。
『……ここに足を踏み入れる者よ。』
アリアは息を呑む。声は風そのものから響いてくるようだった。
『封じられしものに近づきたくば、示せ。純なる祈りと、揺るがぬ意志を。』
言葉と同時に、結界の光が淡く脈打つ。
「純なる祈り……?」
アリアは胸に手を当て、目を閉じた。旅の中で出会った人々の顔が浮かぶ。笑顔も涙も、そのすべてが彼女の心を温め、支えてきた。
「私たちは……ただの旅人じゃない。守りたい人たちがいて、その未来をつなぐために歩いてる」
その声に呼応するように、マコトが前に立つ。
「俺も同じだ。あの時守れなかったものを、二度と失いたくない。だから剣を取る」
ユリウスは深く息を吐き、わずかに視線を伏せた。
「王族としての名や地位は関係ない。俺は、ひとりの人間として……隣にいる仲間を守りたい」
エリオットは無言で剣を掲げ、光に反射させた。言葉は少なくとも、その行動が意志を物語っていた。
シュウは躊躇しながらも、母の形見のペンダントを握りしめる。
「ぼくは……まだ何もできないかもしれない。でも、この力が誰かを癒やせるなら……それが、母さんが遺した願いだから」
ルクスとプエルもまた、小さな手を取り合うように結界へ向き直る。
「星々は見てる。僕たちの心が本物かどうか」
「……うん。大丈夫だよ、アリア」
アリアは深く祈りを捧げた。胸の奥に浮かぶ想いを言葉に変え、静かに結界へと響かせる。
「どうか――私たちの願いを、聞いて」
やがて結界の光が震え、わずかに隙間が開いた。
その隙間から、ほのかな風が流れ出し、頬を撫でていく。
風は優しい声を運んできた。
『……おまえたちは、どこまで進む覚悟がある?』
その問いは、まるで一人ひとりの胸の奥を見透かすように、深く鋭く響いた。
仲間たちは誰も答えられず、ただ黙って互いを見合う。
風はなおも祭壇を揺らし、葉を鳴らし、そして静かに止んだ。
結界は緩んだまま、だが完全には解けない。
その奥に眠る気配――それが“風の星霊”であることを、誰もが直感していた。
だが目覚めを待つには、まだ試練が残されている。
ーーー228話へつづく
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※このお話の舞台はヨーロッパ風異世界であり、現実世界の歴史とは一切関わりありません。
作中に出てくる 国・文化・習慣・宗教・風俗・医療・政治等は全てフィクションであり、架空のものです。
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