226話 星を喰うものの影 - 闇に差すひとすじの光
山間の道を進む一行の前に、昼間とは違う、重く湿った空気が漂っていた。木々の間から漏れる光も、どこか鈍く感じられる。アリアは立ち止まり、深く息を吸い込む。
「……何か、違う」
「……星の気配が、乱れてる」
ルクスの声が静かに響く。
視線の先には、いつもなら澄んだ星霊の気配が、微かにねじれるように揺れているのが見えた。
その瞬間、モルンが低く唸り、体を硬直させる。彼の鼻先がかすかに揺れ、尾を小さく振る様子から、ただならぬ気配が森の奥から漂っていることが分かる。
「気をつけよう」
マコトが声を低く落とす。
「何が潜んでいるかわからない」
一行は安全な場所に野営地を張ることにした。
夜が更け、空は星で覆われ始める。だが、静寂を切り裂くように、ルクスが突然叫ぶ。
「来る!」
その瞬間、木々の間から小型の“星喰い”が現れた。星霊の力を歪めた魔物は、暗闇の中で黒い影のように揺れ動く。
一行はすぐに構える。
マコトとエリオットは即座に前線に立ち、剣を構える。アリアはそっと両手をかざし、心を祈りに集中させる。モルンは低く唸りながら、尾を振り、周囲の空気を鎮めようとする。
「シュウ、無理しなくていいぞ」
マコトが声をかける。
だが、シュウは懐に忍ばせた母の形見のペンダントを握りしめ、目を閉じていた。
(母さん……僕に、できるかな)
心の中で小さくつぶやくと、ペンダントがぽわっと柔らかく光を放った。その光は徐々に温かみを帯び、シュウの周囲を包み込む。
未だかつて使ったことのない魔力だ。母が聖女見習いだった頃の力が、静かに目覚めようとしていた。
「たぶん、できるはず……回復と支援……」
仲間たちは一瞬息を呑む。
シュウは戦闘経験は少ないが、支援魔法で一行を助ける覚悟を決めたのだ。
「シュウ……」
アリアがそっと頬を緩める。
シュウは深く息を吸い、魔力を意識的に放つ。ペンダントから漏れ出る光は、仲間たちの体に沿って流れ、軽い傷や疲労を癒やし、動きを補助する。マコトの剣さばきも、エリオットの盾捌きも、魔力の支援で滑らかに。
「や、やるじゃないか…!」
エリオットが驚きの声を上げる。光の中で戦う仲間たちは、普段よりも確実に息が合っている。
プエルは目を丸くして
「わぁ……この光、気持ちいいね〜!」
と小さな声をあげ、両手を差し伸べて光を受け止める。光の温かさに思わず跳ね上がり、楽しそうにぴょんと飛ぶ。
モルンはイリスの隣で、光にそっと鼻を近づけ、尾を揺らすかわりに首を少し傾けて静かに香りを嗅ぐように光を確認する。ルクスは離れた位置からその様子を眺めながら、心の中で呟いた。
星喰いはさらに暴れ出すが、シュウの光が仲間たちを包み、エリオットやマコトはその支援を受けて前線で斬り込む。魔物の攻撃は苛烈だが、光の膜に守られ、少しずつ動きを封じられていく。
「今だ、アリア!」
ルクスが叫ぶ。
アリアの手から放たれた浄化の光が、シュウの支援魔法の上に重なる。二つの光が重なり合い、闇を切り裂くように森を照らす。
星喰いの体が光に焼かれ、苦悶の声をあげる。
「やめろ……!」
イリスがぽよんと跳ね、空を見上げる。光に反応して小さく震える体。だが、その光は恐ろしいものではなく、守られる安心感を与えるものだった。
ルクスは少し離れた場所からその様子を見つめる。
「…思ったより、シュウは頼もしいな」
小さく呟き、アリアや仲間たちが無事であることに胸を撫で下ろす。
プエルも光に包まれた仲間たちを見上げる。
「あったかい……」
星喰いは光に引き寄せられるように揺らめき、最後はアリアの浄化によってゆっくりと消えていった。
闇が晴れ、森には再び静けさが戻る。
「あ……終わったのか」
エリオットが息を吐き、泥まみれの体を見下ろす。だが、安堵の笑みが浮かんでいた。
シュウはまだ光の余韻を胸に抱き、震える手でペンダントを握る。
「……僕、できたんだ」
アリアはそっとシュウの肩に手を置き、笑顔で言った。
「うん、よくやったね。シュウの力が、みんなを守った」
モルンは尾をゆらゆらと揺らし、イリスと共に光の残り香を楽しむように周囲を歩いた。
ルクスは視線を上げ、空に輝く星々を見つめた。
「星も、きっと見守ってくれているな」
夜風が森を抜け、光の余韻を揺らす。仲間たちは互いに小さく息をつきながら、静かに互いの存在を確認した。闇が再び訪れることはあっても、彼らはもうひとりではない。
アリアは星を見上げ、そっとつぶやく。
「ありがとう……みんながいてくれて、本当に良かった」
その夜、一行は小さな光と奇跡の余韻に包まれながら、森の中で眠りについた。次に待つ旅路のために、静かに力を蓄えながら。
ーーー227話へつづく
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※このお話の舞台はヨーロッパ風異世界であり、現実世界の歴史とは一切関わりありません。
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