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私が占い師になった理由。  作者: 月灯
第九章 虹の記憶と星の芽吹き
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221話 その手に宿るもの - 守りたい願い


 夜の森はしんと静まり返っていた。

遠くでフクロウが鳴き、焚き火の赤い揺らめきが仲間たちの寝顔を照らす。


 その輪の外れで、ひとりマコトが剣を振っていた。

 振り下ろすたびに風を裂く音が響き、湿った土の匂いが胸に満ちる。


 「……眠れなかったの、師匠?」


 背中からそっと声がした。アリアだ。火に照らされた瞳は優しく、けれどどこか遠い記憶を映しているようにも見えた。


 マコトは剣を納め、少し肩を落とした。


 「……少しな。昔のことを思い出してた」


 「昔のこと?」


 アリアが一歩近づく。その仕草に胸がざわめく。忘れたい記憶が呼び起こされる。


 「カメリアのことだ」


 その名を口にした瞬間、焚き火の音さえ遠ざかった。





 マコトの脳裏に若き日の光景が蘇る。

 ――ベリタスだった頃、まだ幼さの残るカメリアが言った。


 『私に、剣を教えてください』


 占い師として宮廷に仕えていた彼女は、細い指で星図をなぞりながらも、子どものような笑顔で木剣を振りたがった。

 ベリタスは笑って願いを受け入れ、彼女の手を取り、構えを直し、転びそうになるたびに支えてやった。



 ――だが運命は残酷だった。



 成人後、カメリアは未来を見てしまった。婚約者が謀反を起こすことを。

 問いただすことも逃げ出すこともできず、彼を信じ、救おうと奔走した。だが、それは裏切りだった。

 謀反は起き、無辜の民が犠牲になり、彼女は人を信じる心を失った。


 「……あの時、俺は何もできなかった」


 マコトの声は震えていた。


 「剣を振れば止められたのか? いや……違う。俺には剣では救えなかったんだ。彼女の信じる心も、苦しみも……最後に歩んだ道も」


 カメリアは宮廷を去り、ただの一人の女として謀反で傷ついた人々を助けようとした。

 小さな命に寄り添い、傷を癒し、食を与え、誰に頼られずとも歩みを止めなかった。

 ――だが、その道半ばで命を落とした。





 「守りたかった」


 マコトは拳を握りしめ、夜空を仰ぐ。


 「なのに、守れなかった」


 アリアはしばし黙って見ていた。その眼差しは揺れている。

 彼女自身の胸の奥でも、触れられぬはずの影が疼いていた。


 「……でも、師匠は祈ってきたんだよね」


 アリアは小さく微笑んだ。


 「彼女のために。後悔と一緒に、それでも“願い”を抱き続けてきた」


 「願い……か」


 マコトの声はかすれる。


 アリアはそっと彼の手を取った。その手はごつごつして無骨で、けれど温かい。


 「ねえ、師匠。今度は、一緒に守ろう。みんなを。師匠の剣で、私の祈りで。もう一人じゃないから」


 マコトは驚いたようにアリアを見た。焚き火の赤が彼女を照らし、一瞬だけ――かつてのカメリアの面影が重なった。

 ……やはり。彼もまた気づいている。


 「……ああ」


 やがて、彼は小さく頷いた。力強さはない。けれど確かな決意がこもっていた。





 風が森を吹き抜ける。焚き火の炎が揺れ、眠る仲間たちの寝息が重なった。

 ルクスが寝返りを打ち、イリスは虹色の身体を小さく震わせる。プエルは丸くなって夢を見ているのか、小さな声で何かを呟いた。

 その穏やかな光景に、マコトの胸の重さがほんの少し軽くなった。


 アリアは手を離さぬまま静かに空を見上げる。星が滲み、頬に光が映る。

 ――カメリアとしての日々は戻らない。けれど今は仲間と共にある。

 その確信が夜の冷たさを和らげていた。


 やがて東の空が白み始める。新しい一日が始まる。


 マコトは剣を収め、アリアの隣に立った。


 「……ありがとう、アリア」


 「ふふっ、どういたしまして、師匠」


 アリアはにっこりと笑った。






ーーー222話へつづく

✪読んでくださり、ありがとうございます。

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※このお話の舞台はヨーロッパ風異世界であり、現実世界の歴史とは一切関わりありません。

作中に出てくる 国・文化・習慣・宗教・風俗・医療・政治等は全てフィクションであり、架空のものです。

あくまで創作上の設定としてお楽しみいただけますと幸いです。

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