221話 その手に宿るもの - 守りたい願い
夜の森はしんと静まり返っていた。
遠くでフクロウが鳴き、焚き火の赤い揺らめきが仲間たちの寝顔を照らす。
その輪の外れで、ひとりマコトが剣を振っていた。
振り下ろすたびに風を裂く音が響き、湿った土の匂いが胸に満ちる。
「……眠れなかったの、師匠?」
背中からそっと声がした。アリアだ。火に照らされた瞳は優しく、けれどどこか遠い記憶を映しているようにも見えた。
マコトは剣を納め、少し肩を落とした。
「……少しな。昔のことを思い出してた」
「昔のこと?」
アリアが一歩近づく。その仕草に胸がざわめく。忘れたい記憶が呼び起こされる。
「カメリアのことだ」
その名を口にした瞬間、焚き火の音さえ遠ざかった。
*
マコトの脳裏に若き日の光景が蘇る。
――ベリタスだった頃、まだ幼さの残るカメリアが言った。
『私に、剣を教えてください』
占い師として宮廷に仕えていた彼女は、細い指で星図をなぞりながらも、子どものような笑顔で木剣を振りたがった。
ベリタスは笑って願いを受け入れ、彼女の手を取り、構えを直し、転びそうになるたびに支えてやった。
――だが運命は残酷だった。
成人後、カメリアは未来を見てしまった。婚約者が謀反を起こすことを。
問いただすことも逃げ出すこともできず、彼を信じ、救おうと奔走した。だが、それは裏切りだった。
謀反は起き、無辜の民が犠牲になり、彼女は人を信じる心を失った。
「……あの時、俺は何もできなかった」
マコトの声は震えていた。
「剣を振れば止められたのか? いや……違う。俺には剣では救えなかったんだ。彼女の信じる心も、苦しみも……最後に歩んだ道も」
カメリアは宮廷を去り、ただの一人の女として謀反で傷ついた人々を助けようとした。
小さな命に寄り添い、傷を癒し、食を与え、誰に頼られずとも歩みを止めなかった。
――だが、その道半ばで命を落とした。
*
「守りたかった」
マコトは拳を握りしめ、夜空を仰ぐ。
「なのに、守れなかった」
アリアはしばし黙って見ていた。その眼差しは揺れている。
彼女自身の胸の奥でも、触れられぬはずの影が疼いていた。
「……でも、師匠は祈ってきたんだよね」
アリアは小さく微笑んだ。
「彼女のために。後悔と一緒に、それでも“願い”を抱き続けてきた」
「願い……か」
マコトの声はかすれる。
アリアはそっと彼の手を取った。その手はごつごつして無骨で、けれど温かい。
「ねえ、師匠。今度は、一緒に守ろう。みんなを。師匠の剣で、私の祈りで。もう一人じゃないから」
マコトは驚いたようにアリアを見た。焚き火の赤が彼女を照らし、一瞬だけ――かつてのカメリアの面影が重なった。
……やはり。彼もまた気づいている。
「……ああ」
やがて、彼は小さく頷いた。力強さはない。けれど確かな決意がこもっていた。
*
風が森を吹き抜ける。焚き火の炎が揺れ、眠る仲間たちの寝息が重なった。
ルクスが寝返りを打ち、イリスは虹色の身体を小さく震わせる。プエルは丸くなって夢を見ているのか、小さな声で何かを呟いた。
その穏やかな光景に、マコトの胸の重さがほんの少し軽くなった。
アリアは手を離さぬまま静かに空を見上げる。星が滲み、頬に光が映る。
――カメリアとしての日々は戻らない。けれど今は仲間と共にある。
その確信が夜の冷たさを和らげていた。
やがて東の空が白み始める。新しい一日が始まる。
マコトは剣を収め、アリアの隣に立った。
「……ありがとう、アリア」
「ふふっ、どういたしまして、師匠」
アリアはにっこりと笑った。
ーーー222話へつづく
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※このお話の舞台はヨーロッパ風異世界であり、現実世界の歴史とは一切関わりありません。
作中に出てくる 国・文化・習慣・宗教・風俗・医療・政治等は全てフィクションであり、架空のものです。
あくまで創作上の設定としてお楽しみいただけますと幸いです。




