205話 静かな誓い - エリオットの想い
夜の見張り番は、街道の静けさを際立たせる。
焚き火のぱちぱちという音と、遠くで虫の鳴く声だけが響いていた。
エリオットは、少し離れた岩に腰を下ろし、空を見上げていた。
雲ひとつない夜空。無数の星々が、冷たい光を放っている。
「……ミア」
吐息のように、その名がこぼれた。
星々のどこかに届くはずもないのに、名前を呼ばずにはいられなかった。
足音が、砂を踏む音とともに近づいてくる。
振り返らずともわかる。ルクスだ。
「……人間は、不思議だな」
「何がだ?」
「喪失を抱えたまま、なぜ前へ進もうとする? 傷は消えないのに」
ルクスの声は低く、感情を探るような響きを持っていた。
エリオットは視線を夜空から外さない。
答えを探すように、しばし黙った。
「……進まないと、置いていかれる。生きてる間ずっと、な」
「置いていかれる?」
エリオットは目を細め、焚き火の光を見つめる。
やがて口を開いた。
*
それは、まだ自分が少年だった頃。
ミアはいつも笑っていた。
活発で、じっとしているよりも走り回るほうが好きな妹だった。
けれど、あの日――村が、夜明け前に襲われた。
魔力を持つ子どもたちが、次々と縄で縛られ、連れ去られていった。
エリオットは必死でミアの手を掴んだ。
だが、振り下ろされた剣と大人たちの腕が、ふたりを引き裂いた。
「お兄ちゃん!」
泣き叫ぶ声が、闇の奥に遠ざかっていく。
一番近い街まで、二日間、休みなく走った。
血の味がする息のまま、役所に飛び込み、村が襲われ子どもたちが攫われたことを訴えた。
だが――犯人の消息は、わからなかった。
それから一年。
妹の行方と事件の真相を追うため、エリオットは宮廷書記官となった。
職について半年が経ったある日、数人の子どもたちが意識不明の状態で発見された。
その中に――ミアもいた。
静かに横たわる妹。
あれほど元気だった少女が、目を閉じたまま動かない。
治癒師も、宮廷の魔術師も首を振るだけだった。
それからの日々は、仕事と看病の繰り返しだった。
ミアは何も語らず、目を開けることもなく……やがて息を引き取った。
残ったのは、怒りと虚しさと後悔だけ。
調べ続けた末、妹は――謀反を企む者たちの古代魔術研究の糧にされたと知る。
そして、ミストラル村の地下研究室。
魂だけになったミアと再会したとき、彼女はもう死を受け入れていた。
『お兄ちゃん……もういいの。みんなと一緒に……』
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で何かが千切れる音がした。
受け入れたくなかった。
だが、彼女は静かに微笑み、光となって消えていった。
*
「……強くても、届かなかった。それがずっと、痛いんだ」
焚き火がはぜる音が、間に落ちる。
ルクスは口を閉ざし、その言葉を受け止めていた。
「だけどな……アリアを見てると、少し思うんだ」
エリオットはゆっくりと呼吸を整える。
「この子なら、未来を変えられるかもしれない。だから……守る。今度こそ」
その言葉は、静かだが確かな熱を帯びていた。
ルクスは、ほんのわずかに口角を上げたように見えた。
「……なるほど。それが、エリオットの“進む理由”か」
エリオットは苦笑した。
「格好いい言葉じゃないけどな」
「いや……悪くない」
会話が途切れ、再び夜の音が戻る。
星々が冷たく輝き続けていた。
*
背後から、足音が近づく。
今度は軽やかな、聞き慣れた音だ。
「エリオット、これ……お水。夜は乾燥するから」
アリアが、小さな木のカップを差し出した。
焚き火の光に照らされ、彼女の顔がほんのり赤く染まっている。
「……ありがとな」
カップを受け取り、一口飲む。
冷たい水が喉を通り、胸の奥まで広がっていく。
「寒くない?」
アリアが首をかしげる。
「大丈夫だ。もうすぐ夜が明けるしな」
そう言って、エリオットは微笑んだ。
その瞳には、夜空と同じ深さがあり、そこに宿るのは、かつての無力さではなく――強く優しい決意だった。
アリアはその視線に一瞬見とれ、そっと笑みを返す。
火の粉が舞い上がり、ふたりの間をあたためる。
夜はまだ続く。
けれど、確かにそこに、新しい夜明けへの予感があった。
ーーー206話へつづく
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※このお話の舞台はヨーロッパ風異世界であり、現実世界の歴史とは一切関わりありません。
作中に出てくる 国・文化・習慣・宗教・風俗・医療・政治等は全てフィクションであり、架空のものです。
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