202話 祈りの贈り物 − 優しさの循環
窓から差し込む朝の光が、静かに床を照らしていた。
ミーナは、小さな机の上に両手をついて、ひとつのブローチをじっと見つめている。
それは、小指の先ほどの大きさしかない、透明なガラス細工のブローチ。
光を受けるたび、きらきらと七色に揺れていた。まるで朝露のしずくをそのまま閉じ込めたみたいに。
(……こんなに綺麗なブローチ)
ミーナはそっと指先で触れた。
ほんの少し、冷たい。
けれど、その奥に宿る温もりは、確かだった。
それは、あの人から――アリアから、もらったもの。
*
「これ、似合うと思ったの」
旅立ちの朝。
まだ街は眠っていた。
教会の裏庭で、アリアは小さな包みをそっと差し出してきた。
布の端を解くと、中に現れたのが、今ミーナの手の中にあるこのブローチだった。
「……わたしに?」
思わずそう訊き返すと、アリアは笑った。とても優しくて、少し寂しげな笑みだった。
「うん。私たちからの祈りを込めて」
「祈り……?」
アリアは何も言わず、そっと両手を合わせるようにブローチを包むと、目を閉じた。
イリスも、そのそばでまねをするようにちいさな体を揺らしていた。
ほんの数秒。それだけだった。
けれどミーナには、その静けさが永遠にも思えた。
(この人たちは、ほんとうに……わたしのために祈ってくれてる)
その祈りの温度は、言葉以上にまっすぐに胸へ届いていた。
声もなく涙が溢れそうになるのを、ミーナは必死にこらえた。
「ありがとう……」
かろうじて、それだけを言葉にする。
アリアはそっとミーナの胸元に手を伸ばすと、ブローチを優しく留めてくれた。
「うん、やっぱり似合うね。ずっと持っててね」
「……うん」
朝の光が、二人の影を長く引いていた。
その静けさの中で、イリスがぽよん、と跳ねてミーナの肩をちょんと突いた。
「みーな、えがおが すてき。ずっと、わすれない」
「……私も、忘れない。絶対に」
*
回想から戻ると、ブローチの奥にきらりと光が揺れていた。
ミーナは両手でそれを包む。
「……あのとき、ちゃんとお礼、言えてたかな」
誰にともなくつぶやくと、扉の外から軽やかな足音が聞こえた。
「ミーナ、入ってもいい?」
顔を上げると、教会の修道女がそっと扉を開けていた。
薄い布をまとったその姿は、まるで光そのもののように柔らかだった。
「朝ごはん、用意できてるよ。でも……その前に」
そう言って、彼女はミーナのそばまで歩くと、そっと手を差し出した。
ミーナが戸惑いながらその手を握ると、彼女はにこりと微笑んだ。
「あなたにできることが、きっと見つかるわ。ゆっくりでいいの。焦らなくていい。セリシア様のいるアルトリウム王国王都の教会に行くまで、ここで癒し手の基礎を学びましょう」
ミーナは一瞬、何も言えなかった。
でも、彼女の手のひらはとても温かくて……気づけば、こくりと頷いていた。
「……うん。わたし、がんばってみる」
「ええ、きっとなせばなるわ」
彼女が優しく笑った瞬間、ミーナの胸の中で、何かがやわらかくほぐれる音がした気がした。
*
教会の門を出ると、草の上に朝露が光っていた。
空は、深い青に白い雲が流れていて、風がふわりとスカートを揺らす。
ミーナは草の小道に足を止め、ポケットからそっとブローチを取り出した。
光にかざしてみると、それは朝の空を映してきらきらと瞬いている。
――似合うと思ったの。
アリアの声が、風の中でそっと響いた気がした。
「……似合うかな?」
ぽつりと口にした自分の声が、少しだけくすぐったかった。
視線の先には、遠ざかる旅の一行の背中が小さく見えていた。
ゆっくりと、けれど確かに歩んでいく姿。
ミーナは胸元にそっとブローチを留める。
そして、小さく笑った。
「ありがとう、アリア。イリス。……みんな」
その声は、風に乗ってどこまでも遠くへ届いていくようだった。
――ー203話へつづく
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※このお話の舞台はヨーロッパ風異世界であり、現実世界の歴史とは一切関わりありません。
作中に出てくる 国・文化・習慣・宗教・風俗・医療・政治等は全てフィクションであり、架空のものです。
あくまで創作上の設定としてお楽しみいただけますと幸いです。




