95話 エルヴァンの記憶(後編) - それでも、託せないもの
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玉座の間に、静かな足音が響く。
重々しい空気を割って、アリアがゆっくりと前へ進んでいく。
玉座の前に立っていたのは、かつて王家に仕え、民を守るために力を振るっていた魔導士。
いまは、王のいない玉座を背にして立つ
――偽王、エルヴァン。
彼は、驚くほど穏やかな表情でアリアを迎えた。
「ようやく来たか。君なら、来ると思っていた」
「……なぜ私が?」
「君だけは、俺と同じ“外側”にいた者だと思っていたからだよ」
“外側”。
国の制度から、血統から、守られる立場からも遠いところ。
選ばれず、見捨てられ、誰にも知られずに生きていた者たち。
アリアはその言葉に目を伏せた。
「君が聖女の血を引いていたことは、皮肉だったな。皮肉であり……救いでもあった」
「“血”を背負っていたから、この国の矛盾が見えたと?」
「そうだ。だからこそ君は、俺の言葉に耳を傾けてくれると思った」
エルヴァンの声には、静かな熱がこもっていた。
その確信に満ちた口調に、アリアは言葉を返さない。
「俺は国を壊したいわけじゃない。救いたいんだ。名もなく、奪われ、捨てられた命たち。あの人たちに手を差し伸べる力があれば……俺が王家に認められてさえいれば、助ける権利があったはずなんだ」
声が震える。
その痛みは、真実だった。
彼が見てきた現実は、否定しようのない“闇”だった。
アリアは静かに応える。
「……あなたの見ていた景色も、この国の真実の一つ。私も、そこから逃れられなかった」
そして、まっすぐに彼を見据える。
「でも、それでも――私は、あなたには未来を託せない」
沈黙。
エルヴァンの目が、わずかに細まる。
「なぜだ」
「あなたの正義は、怒りと絶望から始まっている。過去に背を向けた人々を罰することで、正しさを証明しようとしている。……でも、その先にある未来には、“赦し”がない」
赦し――それは、過ちを認め、なお歩み続けるために必要な希望。
怒りを分かち合うだけでは、誰の命も救えない。
「私は、あなたの中に“慈しみ”を見いだせない。共鳴はできても……未来を託すには、違いすぎる」
玉座の間に、しんと沈黙が落ちる。
エルヴァンは、小さく笑った。
「……優しいな、君は。まっすぐで、愚かしいほどに」
「それを“愚か”と思うなら……あなたは、きっと、この国のどこにも立てなかった」
その言葉に、エルヴァンの顔にわずかな影が射す。
だがすぐに、皮肉な笑みが浮かぶ。
「ならば、俺は玉座を降りることはない。ここに立ち、俺の正義を貫く」
「それが、誰かの心を踏みにじっても?」
「構わない。優しさでは国は救えない」
アリアはその言葉に、微かに唇を引き結んだ。
そして、背後に控える仲間――イリス、マコト、エリオットへと視線を向ける。
彼らは静かに頷き、覚悟を示す。
エルヴァンも、その気配を察した。
「……戦うつもりか」
「あなたの言葉が、もう誰も救えないと分かったから」
「ならば、ここが終わりだな」
エルヴァンが杖を手に取る。
その瞬間、空気が張り詰め、魔力が弾けるように広がった。
玉座の間に緊張が走る。
「……いいだろう。ここで終わっても、俺の信じたものは消えない」
「消さない。私たちが、引き継ぐから」
アリアの声は穏やかだった。
「あなたが見た痛みも、叫びも、誰かが語り継がなければならない。だから、あなたの“願い”だけは受け取る」
エルヴァンの魔力が、一瞬だけ揺らぐ。
その言葉は、確かに彼の胸に届いた。
だが、それでも――彼は歩みを止めなかった。
正義という名の業火が、ゆっくりと紡がれていく。
アリアたちは、その前に立ちふさがる。
怒りでも悲しみでもなく――未来への希望を手にして。
それは、終わりではなかった。
すべての“始まり”の戦いだった。
ーーー96話へつづく
※このお話の舞台はヨーロッパ風異世界であり、現実世界の歴史とは一切関わりありません。
作中に出てくる 国・文化・習慣・宗教・風俗・医療・政治等は全てフィクションであり、架空のものです。
あくまで創作上の設定としてお楽しみいただけますと幸いです。




