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悪役令嬢は今日もヒロインに気づかずに飲んだくれている〜ヒロインと仲良くなりたいと言いながら〜  作者: りんご飴ツイン


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間話 ある令嬢について その二

 

 純白の百合を模した髪飾り。

『店員さん』がよく身につけているから細部の小さな傷さえも覚えている。


 それと同じものがシャルリアの母親を生き返らせる起点になっていた。つまりあの髪飾りはシャルリアの母親のものなのだ。


 ……似ているとかそんな話ではなくて、全く同じ物だと断言できる。形だけならまだしも、細部の傷まで全く同じだったからだ。


 つまり店員さんとシャルリアは同一人物ということになる。


 さあ、思い返してみよう。今まで店員さんと何を話してきたか。特に酒の勢いに任せていた時のことを!!



『うぉわあーっ!! シャルリアちゃんと店員さんが同一人物ってそれはかなり困るのですけれどおーっ!!!!』



 公爵令嬢らしさなんて吹っ飛んでいた。

 シャルリアの母親が降ってきたことでなんだかんだ解散の流れになったので家に帰ったアンジェリカは自室のベッドの上で頭を抱えて悶えていた。


 シャルリアの母親が無事に帰ってきたことで魔王がもたらす破滅という危機は完全無欠のハッピーエンドで終結した。誰も、何も、失うことなくだ。……誰のおかげで、なんて関係ない。絶望して泣き叫んでいたシャルリアが心の底から笑えるようになったのだから。


 だからこそ、今までそんな場合じゃないからとそれとなく目を逸らしていた現実に目を向ける余裕があるのだが。


『あ、ようやく気づいたんですね』


『メイド……? ようやくって、まさか!?』


『まあ、普通に調べはついていましたからね。お嬢様にはあえて秘密にしていたんですけど』


『な、ななっ』


『てへっ☆』


『こんの馬鹿メイドお!!』


 そんなわけでわちゃわちゃするくらいにはいつも通りなわけだが、いつまでもメイドに構って現実逃避しているわけにもいかない。


 シャルリアと店員さんは同一人物だ。

 ならばこれまで酒の勢いで店員さんに話してきたアレやコレやソレまで全部シャルリアにバレているということだ。


 そう、シャルリアと仲良くなりたいと、そんな気持ちが溢れて空回ってうだうだしてきた全てがシャルリア本人にばっちりバレているのだ!!


 それこそ『雷ノ巨人』撃破の手柄をアンジェリカに譲るお返しという名目でお出かけした時なんて店員さん(つまりシャルリア)に逐一相談しながらという、あれほどのテンパリ具合がシャルリアに筒抜けという。


 振り返れば振り返るだけ恥ずかしいものが出てくる。

 こう、あまりにも詳しく振り返ると悶え死ぬくらいにはだ!!


『シャルリアちゃんも意地悪ですわね……。そうならそうと言ってくれればよろしかったですのに』


 だけど、今だからこそ言えることではあるが、店員さんの正体がわかっていなかったからこそうまく進んだ面もあるかもしれない。


 メイド以外に悩みを聞いてくれる相手。

 信頼できる友人。

 そんな相手がいたからこそ、自分でも面倒くさい性格だと自覚のあるアンジェリカとシャルリアは友達になれるくらい仲良くなれたのだ。


 ……まあそれはそれとして意地悪だと思わなくもないが。


『友人……友人、ですか』


 ふと。

 アンジェリカは思う。


 この『好き』はそんな言葉で説明できるものなのかと。


 いいや違う。

 本当は気づいているはずだ。


 公爵令嬢としての責務なんて投げ捨てた。

 世界中を敵に回してでもシャルリアだけは救うと誓った。


 あの時、無数の繰り返しの果てに絶望して致命的に終わりかけていたシャルリアを抱きしめた瞬間、公爵令嬢としてではなく一人の女として何をしてでも守り抜くとそう誓った根底にあるのは──



『この気持ちが友人という枠組みで満足できるものであるはずありませんわよね』



 瘴気に侵されてバケモノに変じたアンジェリカを救ってくれた。あんなにも右往左往しながらもなお仲良くなりたいと望むほどに惹かれていた。一緒にお返しという建前でデートした時はずっとドキドキしていた。魔王を倒すことはできてもそのせいでシャルリアが倒れた時は自分が傷つくよりもずっとずっと悲しかった。


 出会ってからずっとずっとずっと、アンジェリカは一人の少女に夢中だった。


 この想いは友情では説明できない。

 もっとずっと特別で、唯一で、だから──


『うっ、あ……』


 思わず熱をもった顔を両手で覆っていた。

 自覚してしまった。


 シャルリアのことがどうしようもなく『好き』だと気づいたら、もう駄目だった。


 胸の奥から迸る想いから目を逸らすことなんてできるわけがない。



 そんなわけで自分の気持ちに気付いていてもたってもいられずに、それでも後一歩が踏み出せずに店の前で右往左往する姿は公爵令嬢らしい優雅さとは無縁だった。


 翌日、朝っぱら店の前をふらふらするその姿からは社交界でも一目置かれていたヴァーミリオン公爵令嬢らしさは微塵も感じられなかっただろう。


 だけどこういうところもひっくるめてアンジェリカなのだ。酒に酔って醜態を晒すような、決して器用ではなくて、だけどシャルリアはそんな彼女のことを嫌がらずに受け入れてくれた。


 ならば。

 だけど。


『シャルリアさ──』


『大好き』


 まさか店から出てきたシャルリアにそう言われるだなんて思ってもいなかった。


 というか『好き』を自覚してすぐであり、すぐに告白とかそんなことをするつもりはなく、とにかくシャルリアの顔を見たかっただけだった。


『……そ、れは……友人としてですか?』


『違うよ』


 本当はわかっていたはずだ。

 それでも明確に言葉にしてほしかったのか。


『私はアンジェリカ様のことを愛している。付き合いたいとか結婚したいとか、これはそういう意味での好きなんだよ!!』


 その答えを聞いて。

 呑み込んで。

 そして胸の奥から溢れる歓喜に思わず涙をこぼしていた。


 嬉しすぎて泣くだなんて、これまで生きてきた中で初めてのことだった。それが答えだった。こんなにもアンジェリカはシャルリアのことを──


『あ、ええっと、泣くほど嫌だった!?』


『そんなわけないですわ』


 涙を拭って。

 息を整えて。

 そしてアンジェリカ=ヴァーミリオン公爵令嬢は真っ直ぐにシャルリアの目を見つめて、改めてシャルリアのことをどう思っているのか考えて、そして考えてみればわかりきっていた答えを返すために口を開いた。


『わたくしもシャルリアさんのこと大好きですよ』


『ほん、とうに?』


『本当だからこそ泣いて喜んでいるのですわよ』


『そっか、はは、は、そうなんだ、アンジェリカ様も私のこと好きで、だから、ええと──ありがとうね、アンジェリカ様』


『お礼を言われるようなことではないですわよ。わたくしも、シャルリアさんのことが好きだというだけなのですから』



 と、そんな風にできるだけきちんと返したが、もちろん心の中は冷静さとは無縁だった。初めてできた恋人の前では格好つけたかったので我慢できたが、家に帰ってからはそれはもうひどいものだった。


 声にもならない声を漏らしながらベッドの上をゴロゴロしたり、時々両足をばたつかせたりぼっふんぼっふん枕を叩いてニヤニヤしたりと、それはもう表に出せない有様であったのだから。


『お嬢様が幸せそうで何よりです』


『何だかうやむやにしようとしていますけれど、店員さんとシャルリアちゃんが同一人物だと黙っていた件については許していませんからね? きちんと罰してやるので覚悟しておくように!』


『何ですって!? お嬢様のためを思っての献身的な行動でしたのに!?』


『面白おかしく観察したかっただけでしょうが、この馬鹿メイド!!』


 何はともあれ、だ。

 ここから先は幸せしか存在しない。ハッピーエンドとはそういうものなのだから。


 ……それはそれとしてシャルリアと店員さんが同一人物だと気付かずに酒の勢いで色々とやらかしていることがなくなったわけではないことを思い出して結局何も解決していないと悶えることになるのだが、それはまた別のお話。

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