折られた可憐な花四話
しばらく時間が経った。やはり憐夜は修行をまじめにはやらなかった。更夜は若干の焦りを見せていた。父から言われたある程度まで、憐夜はまったく到達できていない。むしろ、常人よりも少しだけ動きの速い感じだった。このままでは憐夜の道は暗い。憐夜の身体には傷が残るばかりで、このままではいつ処断されるかわからない状態だった。
「憐夜、いい加減にしろ。これは体術の練習だ。なぜ俺の言う事を聞かない。」
更夜は憐夜の腹に軽い蹴りを入れた。憐夜は腹を押さえうずくまりゴホゴホと咳を漏らしていた。
「憐夜、これは酷いな。」
ふと横に千夜がいた。
「お姉様……申し訳ありません。」
更夜は憐夜の状態が酷い事について深く頭を下げた。千夜は刀の柄を更夜の腹に勢いよく打ちつける。更夜は呻きその場に膝をついた。
「一時はよいと思っておったが、しばらく経っても状況が変わっておらんではないか。」
千夜は更夜を叱りつけた。そのまま鞘に納められている刀で更夜の顔を殴る。
「ごほっ……。も、申し訳ありませぬ……。お姉様。」
更夜は口から血を吐き、苦しそうに呻いた。千夜は表情なく更夜に刀を振るう。更夜の顔を殴り、腹を殴り、背中を打った。鞘に入っているとはいえ、重たい刀、更夜は耐えがたい苦痛を受ける事となった。
「お姉様! やめてください。」
憐夜が更夜の前に慌てて入り込んだ。
「憐夜、何故私達の言葉を聞かない。」
あの時の優しい雰囲気だった千夜の面影はなく、厳しい顔つきで憐夜を睨みつけていた。
「こんなの兄弟の形としておかしいんです! 違うんです!」
「違うからなんだ? お前はそんな事を理由に我らに逆らうのか。お前は運命を恨み、我らに逆らっているようだが、意味はない事を知れ。」
千夜は刀の鞘部分で憐夜の顔を何度も殴る。憐夜の顔が腫れていても、身体から血を流していても構わずに暴力を続けた。
憐夜は更夜が一番優しかった事に気がついた。
憐夜は泣き叫び、千夜に許しを乞うた。
「ごめんなさい……。許してください。もう……逆らいません。逆らいませんから!」
千夜は憐夜の謝罪を聞き、手を引いた。憐夜の身体は血にまみれ、震えていた。
「次、このような事があればその時は私が許さぬ。お前を監視しておるのが更夜だけだと思うな。」
千夜は憐夜の髪を乱暴に掴むと目線を合わさせて、底冷えするような声でささやいた。
「は、はい……お姉様……ごめんなさい。」
憐夜はガクガクと震えながら千夜に素直にあやまった。
「次に逆らったら……そうだな、死にはしない程度になます斬りにして、そこの木に吊るすとしよう。一度、逢夜にはやった事があるがな。逢夜も私に反抗的だった故な。かなり痛いぞ。拷問だ。どうだ? やられたいか? ……聞いておるか? 憐夜。」
「うっ……うう。」
千夜の感情の入っていない声に、憐夜は言いようのない恐怖心を抱いた。
「返事をしろ。」
千夜は憐夜の腹を刀の柄部分で容赦なく突いた。
「うぐっ……がふっ……。」
憐夜は胃液を口から吐くと苦しそうに呻いた。
「返事をしろ……憐夜。」
「は、はい……。申し訳ありません。お姉様。」
千夜は憐夜を冷徹な瞳で一瞥すると、更夜に向き直った。
「更夜、ぬるいやり方では憐夜は死ぬ。真面目にやらないようであれば逆らえなくさせろ。憐夜は大事な妹だ。お父様から全力で守るのだ。」
「……はい……。」
更夜が静かに返事をした時、千夜は悲しそうな瞳で更夜を仰いだ。
「……あと二年で憐夜がそこそこ成長しなければ、お父様は憐夜を斬り捨てる算段をたてている。憐夜を斬り捨てたら次は、腹違いの弟である狼夜をお父様が育てる事になるそうだ。更夜……私は……どうすればよい? 本当に……こんなやり方で良いのか……。」
千夜は更夜に聞きとれるようにだけ話した。千夜も焦っているようだった。千夜の瞳は戸惑いで揺れていた。
「お姉様……私が……なんとかいたします。」
「……時間がない……お前では憐夜を育てきれない。逢夜に渡せ。逢夜はお前と違い、しつけるのがうまい。少々荒いがお前よりはマシだろう。その判断はお前がしろ。」
千夜はそう言うと去って行った。
「はい……。」
更夜は苦しそうにつぶやくと、うずくまって呻いている憐夜に目を向けた。
……おかしな家族の狂った規律は憐夜だけでなく、更夜も壊しはじめる。




