折られた可憐な花三話
逢夜はしばらく更夜を痛めつけると、何も言わずに消えて行った。
更夜は逢夜が去って行くのを見届けると、憐夜の怪我の具合を見た。憐夜は傷だらけではあったが、重たい傷ではなかった。逢夜が手加減をしたのは本当の事のようだ。
むしろ更夜の傷の方が重たいくらいだった。更夜は自身の傷の処置をする前に憐夜の傷の処置をしてやった。気を失っている憐夜を柔らかい土の上に寝かせると自身の傷の手当に入った。更夜が手当てをして憐夜の元に戻ると、憐夜は目を覚ましていた。
「憐夜、兄がそんなもので許してくれたのだ。感謝しなさい。そしてもう二度とやらないと誓え。」
更夜が憐夜を叱りつけると、憐夜は寂しそうに更夜を仰いだ。
「お兄様、お兄様もお怪我を……。」
「……お前が規律を破ると俺にも罪が飛ぶ。」
「……そんなのおかしいです。普通の兄弟はちょっと喧嘩したりとか……助け合ったりとかするんです。こんなの酷いです……。」
憐夜は更夜に小さくつぶやいた。
「……憐夜、お前、里から勝手に下りたな……。もう少しで抜け忍になる所だったぞ。」
更夜の言葉に憐夜はビクッと肩を震わせた。この周辺のことしか知らないはずの憐夜が、普通の兄弟の事を知っている……これは憐夜が更夜の目を盗み、勝手に山を下りていた事を意味する。
「……ごめんなさい。私は兄が妹に優しく接している所を見ました。兄と妹が小さい事で喧嘩をしている所も見ました。私達とは違っていました。……なんだか悔しくて殺してやりたくなりました。お兄様がいつも教えて下さるやり方で殺してやろうと思ってしまいました。」
憐夜は憎しみのこもった目で拳を握りしめた。自分の環境では絶対に手に入らないものを羨む子供の目だった。地面に指で更夜を描き、さっと手でかき消した。
「憐夜、仕事以外で人を殺すな。目立つ行動もするな。俺達から逃げたら殺される、そう思え。俺達の命令なしでここから出たら俺も、兄も、姉もお前を容赦なく殺すぞ。俺達は規律を守れば何もされない。だから兄も姉もこの規律を全力で守る。守る事で俺達も守られているのだ。」
更夜は、憐夜に諭すようにささやいた。しかし、憐夜は更夜を睨み返してきた。
「こんなに痛い事して死んでしまいそうな暴力をずっと振るっておいて守る? それをおかしいとは思わないんですか! お兄様は大馬鹿ものです!」
憐夜は更夜と兄弟喧嘩をしたかったようだった。半分演技のようであったが、憐夜は更夜に怒鳴った。
「憐夜、いい加減にしろ。」
更夜は一言それだけ言った。殺気と威圧を込め、憐夜を睨みつける。
「ううう……。」
憐夜の顔に恐怖の色が浮かんだ。憐夜がふっかけた兄弟喧嘩の種はすぐになくなった。
憐夜は更夜も逢夜も千夜も、父である凍夜も皆怖かった。上に逆らえば酷い罰がくる。そうやって恐怖心を植え付けられた憐夜は、勇気を振り絞って口答えするだけで精一杯だった。
……私は動物? 道具? それとも人間?
お兄様……教えて……。
「メシにするぞ。……憐夜。」
更夜が冷たく言い放ち、憐夜に背を向けた時、憐夜が声を上げた。
「あの……っ。演技でもいいです……。私に優しくしてください……。お願いします。お兄様……。私に優しく接して……。」
憐夜は切なげに更夜を見ると、更夜の着物の袖を掴んだ。
「……いい加減にしろ。……俺に触るな。」
更夜は憐夜の頬を再びきつくひっぱたくと歩き出した。
「……そう……わかりました。私は道具……。道具なのね……。」
憐夜のむせび泣く声が更夜の背で聞こえた。更夜にはどうする事もできなかった。ただ、いままで自分が信じてきたものが、すべて壊れていくような感じがした。
……おかしな家族の狂った規律は、抗う憐夜を壊し続ける。




