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旧作(2016〜2024完結)「TOKIの神秘録」望月と闇の物語  作者: ごぼうかえる
オムニバス3「TOKIの世界書抜粋」折られた可憐な花(憐夜の過去)
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折られた可憐な花一話

 これはおかしな一族の狂った物語。

 更夜が十四の時、十の妹、憐夜の教育を父親から言い渡された。

 父の話によると憐夜は出来損ないとの事だった。ある程度の所までは成長させろと父に命令をされた。おそらく、憐夜はある程度使い物になるようになったら、千夜達の裏方をやるようになるだろうと予想していた。

 「憐夜、目隠しをしたまま、まっすぐに歩く練習だ。その縄の上を素早く渡りきれ。」

 更夜は地面に置いた縄を指差し、冷たい瞳で憐夜を見据えた。憐夜は銀の髪を揺らしながら弱々しい瞳で更夜を仰いでいた。

 「返事をしなさい。憐夜。」

 更夜は憐夜の頬を平手で勢いよくはたいた。憐夜はその場に倒れ、震えながら更夜を再び見つめた。

 「……は、はい。更夜お兄様。」

 「立て。さっさとしろ。時間の無駄だ。」

 更夜は無理やり憐夜を立たせると目隠しをした。

 「更夜お兄様……真っ暗で何も見えません……。お兄様!」

 憐夜は怯え、ただ更夜の名を呼んでいた。

 「わかりやすく縄を引いてやった。足の指の感触でまっすぐ縄を歩けばいい。」

 憐夜は更夜の言いつけどおり足の指で縄を探し、歩き始めた。しかし、最初からうまくはいかない。憐夜は縄から離れて歩き始めた。

 更夜は竹刀で外れた方の足を叩いた。

 「うぅっ……。」

 憐夜は痛みに顔をしかめ、足を元の縄に戻した。

 「右足が若干ずれたな。慣れてくれば俺の気配も感じるようになる。これができるようになったら縄なしで真っすぐ歩く練習、その次に俺の攻撃を避けながら前へ進む練習だ。こうすればお前はわずかな光もない闇夜でも、すんなりと動けるようになるだろう。」

 更夜は練習内容を話しながら、今度は憐夜の左足を竹刀で叩く。

 「あっ……。」

 憐夜は小さく呻くと再び縄に足を戻した。憐夜が地面に置いた縄を渡りきった時には憐夜の足は痣だらけになっていた。

 「うう……ひっ……うう……。」

 憐夜は嗚咽を漏らしながら泣いていた。

 「憐夜、もう一度だ。先程の場所まで戻れ。竹刀で打たれたくなければできるようになりなさい。いいな。」

 「……はい。」

 更夜の言葉に憐夜はまた、縄を歩き始めた。

 「更夜、そんなんだといつまで経ってもできるようにならねぇよ。」

 「お兄様……。」

 更夜の前に突然逢夜が現れた。

 「いいか、更夜、憐夜には時間がねぇ。俺達がこの年齢でできていたことが、こいつは何一つできない。危機感を持ちやがれ。」

 「申し訳ございません……。」

 更夜が声を発した刹那、逢夜はよくしなる木の枝で憐夜の足を思い切り打ち始めた。

 「あぐっ!」

 先程の痛みとは比べ物にならない痛みが憐夜を襲い、憐夜は泣き叫んだ。憐夜の足首からは血が滲んでいた。

 「泣くな。泣いてる暇があんだったらまっすぐ進め。」

 逢夜は憐夜の背中を思い切り蹴り飛ばした。逢夜は底冷えするような声で憐夜を叱りながら前へ進ませた。

「ひっ……。」

 「もう一度だ。さっさと進め。痛い思いをしたくなけりゃあさっさと覚えるんだな。」

 泣いている憐夜を逢夜は再び蹴り飛ばし、もう一度前へ進ませた。

 確かに、逢夜のやり方で憐夜はかなり上達した。しかし、更夜にはここまでする勇気がなかった。

 憐夜の足首は逢夜により血にまみれていた。

 憐夜が一通り縄を渡りきれるようになってから、逢夜は更夜につぶやいた。

 「これくらいやらねぇとこいつは伸びない。お前が無理そうならば俺が代わってやろうか? これは憐夜の死活問題なんだ。憐夜が使えるか使えないかで、憐夜の扱いが変わってしまう。俺は憐夜に生き延びてほしいんだ。特に兄弟は誰も死んでほしくねぇ……。」

 「……わかりました。お気持ちはありがたいのですが、もう少し、私が見て行こうと思います。憐夜は私が守ります……。」

 更夜の言葉に逢夜は顔をしかめた。

 「……忍は常に独りでなんとかしなければならねぇ……。守られる方は足手まといなんだよ。お前はまだ……重要な任についた事がねぇから、そんな軽い事が言えるんだ。俺はそれで何度も死んだ奴を見てきた。忍の世界はそんなに甘くねぇ。独りでも死なねぇようにしなければなんねぇんだ。……まあいい。今みたいな感じでやりゃあ、憐夜は伸びるはずだ。俺はしばらくここに滞在する予定だから、何かあったら言え。わかったな。」

 「はい。ありがとうございます。」

 逢夜は更夜を一瞥すると、音もなくその場から去って行った。

 逢夜が去ってから更夜は憐夜に目を向けた。憐夜は泣きながら自身の足の傷の止血作業をしていた。

 「忍は何でも独りでしなければならないか……。……憐夜。」

 更夜はそっと憐夜の側に寄った。

 「は、はい……。」

 「止血はそこを押さえるのではない。ここだ。」

 膝辺りを布で縛ろうとしていた憐夜に更夜は足首に布を押し当てる事を教えた。

 「あ、ありがとうございます。」

 憐夜は涙をぬぐうと更夜に丁寧に頭を下げた。

 「その足では続けて同じ訓練をする事は厳しいな。飛び道具の訓練でもするか。」

 更夜は消毒の方法とさらしの巻き方を教え、憐夜を再び立たせた。憐夜は小さく呻きながら立ち上がり、更夜を見上げた。

 「この手裏剣をあの木に向かって投げろ。身長は俺と同じくらいを想像し、確実に殺せる部位、もしくは動けなくなる部位に刺さるように飛ばせ。」

 「……はい。」

 憐夜は更夜から鋭利な手裏剣を三つ受け取ると、木に向かい素早く投げた。

 手裏剣は額、心臓、そして足あたりの場所に刺さった。

 「これは得意だと聞いていたが、ややずれているな。」

 更夜が手裏剣を見ながら指摘すると、憐夜が控えめにつぶやいた。

 「当たったら死んでしまいますから……。かわいそうです……。」

 「……憐夜、俺はなんと言った?」

 憐夜の悲しげな顔を見据えながら、更夜は冷酷に問いかけた。

 「確実に殺せる部位、もしくは動けなくなる部位に刺さるように飛ばせと……。」

 更夜は憐夜が最後まで言い終わる前におもいきり頬を張った。憐夜は倒れ込むと頬を押さえ、鼻血を垂らしながら更夜を見上げた。

 「そうだ。俺はそう言ったはずだ。お前は俺を馬鹿にしているのか。」

 威圧を込めた声で更夜は憐夜に冷たく言い放った。

 「ごめんなさい……。でも違うんです……。当たったら死んでしまうんです……。少しずらせば、もしかしたら生きられるかもしれないんです。」

 「なるほど。つまりは俺の言う事が聞けないという事だな……。」

 更夜は竹刀で再び泣きはじめた憐夜の肩を強く打った。

 「あうっ!」

 憐夜は低く呻き、うなだれた。

 「次に俺に逆らったら生身の身体に鞭痕が残るぞ。」

 更夜の脅しに憐夜は両手で顔を覆い、嗚咽を漏らしながら泣いた。

 「ごめんなさい。お兄様。もう叩かないでください。」

 「ならば逆らわずに修行に励め。お前が生きる場所はここしかない……。」

 更夜はうずくまる憐夜に諭すように言葉を発した。

 「うう……うう……。」

 ただ、静かに泣いている憐夜を、更夜は複雑な表情でただ見つめていた。

 ……おかしな家族の狂った規律は、幼い憐夜を傷つけていく。

 


 あれからしばらく経っても憐夜は成長しなかった。飛び道具も必ず少しずらして投げ、体術はまったくやろうとしなかった。

 更夜は何度か酷い体罰を憐夜に与えた。しかし、憐夜は相変わらずだった。

 「憐夜、何をしている。まだ四つ身の訓練は終わっていない。返事をしなさい。憐夜。」

 憐夜は高い木のかなり上の方の枝に立ち、呆然と景色を眺めていた。夜通しで訓練をし、山は夜明けを迎えていた。

 更夜はまた憐夜に体罰を加えなければならないのかとうんざりしながら、憐夜がいる木の枝まで飛んで行った。更夜は憐夜の隣に軽やかに着地した。

 「……お兄様……。朝日ってなんでこんなにきれいなのでしょう? 私はこんなにきれいな世界をどうして歩くことができないのでしょう……。」

 朝日に照らされた憐夜はせつなげで、光の入った瞳はとても美しかった。

 「俺達は影だからだ。日の元を歩く人間ではない。」

 更夜は憐夜の横顔を見ながら目を伏せ、つぶやいた。

 「私は……運命を呪います……。私は……自分の生を呪います……。お兄様は、本当は優しいお方……私は知っています……。ですが、それを出してはいけないのですね。」

 憐夜は更夜にせつなげに微笑むと瞳の色を失くし、続けた。

 「ごめんなさい。あまりにきれいな風景だったものですから、見惚れてしまっていました。どういう風に描いたら一番きれいか考えてしまいました。……もういいです。」

 憐夜は素早く木から降りる。木から降りる瞬間、憐夜は四人になった。四つ身分身をしたようだ。

 「……憐夜……四つ身ができるのか? あの子は……ただやる気がないだけなのか。本当は才能が一番あるのかもしれない。」

 更夜も木から降り、地面に足をつけた。憐夜は何かを悟ったような目で着物を脱ぎ、木の幹に手をついた。背中を更夜に向ける。

 「……罰はしっかりと受けます。お兄様の手を痛めてしまいますね。申し訳ありません。でももう大丈夫です。もう泣きませんし、叫びません。」

 憐夜は冷たく暗い瞳で更夜を見ていた。更夜は憐夜の心変わりがはっきりとわかった。

 それは諦めの心と自身の運命を呪う心。これが望月の中でも異端である凍夜(とうや)望月家の一族が通る道。

 このように徐々に感情を失っていき、何に対しても何も感じなくなる。操り人形のように上の命令には逆らわなくなってくるのだ。

 更夜もそうだったからか、憐夜の気持ちもなんとなくわかっていた。

 「……ふむ。良い心がけだな。」

 更夜は静かにつぶやくと、憐夜のしなやかな背に木の枝を振り上げた。

 ……おかしな家族の狂った規律は、憐夜から大切なものを非情にも奪っていく。




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