視界の月夜十話2
「ではさっそく行います。」
更夜がルルの世界を一瞥するとぽつんとある小さな社に近づき、手をかざした。
「え?何?」
ルルが不安げな声を再び上げた時、社から淡い光が飛び出し、それが加速して広がった。辺りを白色の光で染め、目を瞑って立っている更夜の足元にはなぜか時計が魔法陣のように回っていた。
「な、何をしているの?」
「……一度、ルルの世界を過去に戻しているんだ。」
ルルの問いかけに逢夜が静かに答えた。
「過去に……。」
ルルが逢夜を仰ぐように見たがしばらくしたら逢夜が砂のように消えてしまった。
白い空間になぜかルルだけが取り残された。ルルの世界である草原も海も空も何もなく、気がつくと千夜も憐夜も更夜もいなかった。
そして不思議な事になんだかずっと昔の自分に戻った気がした。
まだ嫉妬も知らない時期……ルルが生まれたばかりの時……。
自分は真っ白だった。
負のエネルギーはルルのテリトリーに入った瞬間、蒸発していくようになくなっていく。
ルルは元気な声で自分に問う。
……私は縁が壊れてしまいそうな人達を全力で助けたい……。
……それが私の願いで使命……そうでしょ?頑張らなくちゃ!
ルルは白い世界の中でぼんやりとただ立っていた。
……せっかく縁を紡いだ彼らが引き裂かれそうになるのは絶対にダメ。
……そんなの悲しいだけだもん。そんなの見てらんないよ!
私が救う。ここにお参りに来てくれた人だけでも私が救う!
ルルは突然に切なくなった。
……皆、私が救う……か。救うつもりだったのか……。
……これは私が最初に持っていた気持ち。私が忘れていた気持ち。がむしゃらに人々の幸福を願っていた自分の記憶。
……全部……忘れてしまっていた。
忘れちゃいけない気持ちを全部知らない内にどこかに忘れて来てしまった。
……思い出した。私が頑張っていた理由を。
何もかも嫉妬に変わる前の自分を思い出した。
ルルが呆けていると白い空間がガラスのように砕けた。特に音は聞こえなかったがルルはハッと我に返った。
「ルルの歴史をここで更夜が止めたんだ。驚くな。」
ふと横を向くと何事もなかったかのように逢夜がいた。
「逢夜……私、思い出したの。」
「ああ。わかっているぜ。そのままでいろ。」
ルルの声に逢夜は優しく答えた。
「……お姉様、終わりました。」
更夜がいつの間にか現れた。そしてその横に出現した千夜に一言言った。千夜は軽く頷くと続いて同じくいつの間にか現れた憐夜を視界に入れ、アイコンタクトをとった。
「……はい。お姉様。私、頑張ります。」
千夜は憐夜の声を聞き、一つ頷くとルルに向かって手をかざした。憐夜も姉の千夜にならい手をかざした。
そして呪文のように言葉を発した。
「……弐の世界の管理者権限システムにアクセス……ルルの神格をー……。」
「……っ!?」
千夜と憐夜が発した続きの言葉にルルは驚いて目を丸くしたがなぜだか急に眠くなり、その場に崩れ落ちた。
遠くで千夜と憐夜、更夜の声がする。
「成功した。これでシステムエラーが起こる前のルルに戻り、情報の書き換えもできた。」
「……なんだかこの世界を騙しているような手段ですがKは怒らないでしょう。」
千夜と更夜の声が揺れるように聞こえ、最後に憐夜の声が柔らかく聞こえた。
「お兄様を……大切にしてくれなきゃ怒るからね。」
ルルはまどろみの中、軽くほほ笑んだ。憐夜の声はどこか弾んでいた。
逢夜の声は最後まで聞こえなかった。




