視界の月夜九話2
一同の目が更夜に向く。
「どんな案だ?」
「ルルのシステム変換の話が出ましたがその前にルルが現在持っている厄を排除する必要があるかと思われます。そこで、ルルが持っている負のエネルギーと全く逆のエネルギーをぶつけるのです。この世界はすべてにおいて正と負、陰と陽でできております。すべてのものを形作るDNAも正回転と反回転のねじれたものが二本組み合わさったものと記述されています。光があり影がある、人間にとってマイナスな感情があればプラスの感情もある……。正の感情と負の感情が天秤で釣り合っている時、人間は正常でいられるのです。」
「つまり……ルルの世界を正常化するにはルルがため込んだ厄の反対の感情をルルが持てば消えると。」
逢夜の言葉に更夜は大きく頷いた。
「そういえば……さっき神々の図書館に行った時に……。」
ルルが逢夜を見、逢夜もルルを見返した。
「ああ、そういやあ、俺が調べた中に……『厄除けの神は厄の処理をする時に自身の神格が壊れないように楽しい夢を見るようにできている。それが正常に動いていないと悪夢を見、その神の心……視界は自身の厄にまみれて狂い、最期は視界に飲まれて消えてしまう』って書いてあったな。厄除け神は厄を正のエネルギーで相殺して自身を保っていたんだな。それが不可能になるとルルの心のエネルギーは負に染まり、負のエネルギーとなりもっと大きな視界(弐の世界)内の正のエネルギーによって相殺される……そういう事なのか?」
逢夜は更夜に目を向けた。
「……そういう仕組みなんだと思われます……。まあ、そんなに都合よく行くとは思えませんが……ルルが負っている負の感情のまったく逆の感情を厄にぶつければ消えるかと。」
「……私の感情の逆……私が自分の世界内で感じた感情は恥ずかしいけど嫉妬だった。」
ルルは言いづらそうに下を向いた。
「嫉妬か……ルルがさばいた厄の中にそういった類の負の感情が多かったんだろうな。」
千夜が腕を組んでぼそりとつぶやいた。
「それだけじゃないかも……ほんとどうしようもないけど、私が逢夜に会う前から仲が良かった人もうらやましいの。……子供みたいでしょ……私。」
「ふふっ……昔の逢夜は知らん方がいいぞ。」
千夜はルルの頭を軽く撫でると楽しそうに笑った。
「いいのだ。それで……その感情をここで全部吐き出してもう一度ルルの世界に行くといい。だんだん自分が感じている負の感情がはっきりとわかってくるはずだ。ぼんやりと嫉妬とかじゃなくてな。そして自分で正の感情を見つけろ。」
千夜はルルの目をまっすぐみて言った。
「セツ姫さんがうらやましい……。うらやましくてたまらない。」
ルルが下を向いて小さくつぶやいた。
「……セツだと……。俺とセツの関係は終わったって言ったじゃねぇか。お前も見てただろ。」
逢夜が慌てて声を上げたが千夜に止められた。
「……逢夜、ルルは表面ではそれがわかっている。だが……心の奥底では今でも嫉妬しているのだ。誰でもお前みたいにすぐに割り切れるわけではない。ルルの中でセツ姫とやらはまだ生きているのだ。」
千夜が逢夜を諭すように言った。
「では私はどうすればよいのですか?」
逢夜は千夜に小さく尋ねた。
「それはお前自身が考えろ。」
千夜はため息交じりに逢夜に答えた。逢夜はしばらく考えてからフウと息を吐くと黙って立ち上がった。
「逢夜……?」
ルルが不思議そうな顔で逢夜を見上げた。
「立て。」
「え?」
「早く立て。」
逢夜は語気を強めながら乱暴にルルを立たせると素早くルルを抱えて家を飛び出した。
「え?な、何?逢夜……なんで怒ってるの?」
ルルは戸惑いと恐れを感じ逢夜に尋ねたが逢夜は何も言わなかった。
「やれやれ。あの男は感情表現が下手だが子供の様にストレートだな。」
千夜はため息交じりに立ち上がると更夜と憐夜に目を向けた。
「お兄様……久々に怖いです……。やっぱり怒ると……。」
「憐夜、お兄様は怒っているのではない。怒っているように見えるがな。」
憐夜が小さく震えていたので更夜が優しく憐夜の誤解を解いた。
「怒っていないのですか?」
「ああ。大丈夫だ。お兄様は難しい感じの感情表現がすべて怒気に変わってしまうだけだ。お前が恐れている事は何一つ起きない。どこへ向かったのかも予想できる。」
「そうなのですか?」
更夜の言葉を聞いた憐夜は少し落ち着いたようだった。
「更夜、憐夜、そろそろ私達もルルのシステム内に入る準備をするぞ。逢夜が無事にルルの厄を取っ払ってくれれば仕上げができる。」
「はい。」
千夜の言葉に更夜は頷いたが憐夜は首を傾げていた。




