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視界の月夜八話4

 一方で逢夜は更夜と白い花畑を歩いていた。千夜に追い出されてやる事もなく、とりあえず外へ出たのだった。


 逢夜の弟、更夜は元々無口な男だ。花畑を歩いていてもほとんど会話はない。姉と妹ならば仲良く会話もするのだろうが兄と弟だとどうしてここまで無口になるのか。

 男同士だとくだらない日常会話ができなくなるようだ。


 「……なあ……。」

 逢夜が沈黙を破るように更夜を呼んだ。


 「はい。何でしょうか。」

 真面目な更夜の声に逢夜は結局何も話せずに口を閉ざした。


 「……なんでもねえや。」

 「お兄様。」

 逢夜が投げやりに歩き出した時、更夜がすぐに声を出した。


 「……なんだよ?」

 「彼女……ルルの事を気になりだしたのは仕事で……ですか?」

 更夜は静かに逢夜に問いかけた。


 更夜も逢夜も忍だ。演技なんてものはずっとやってきたことだ。更夜は逢夜に『ルルが好きなのは芝居なのか?』と尋ねたようだ。


 「……更夜……俺はおかしくなっちまったのかもしれない。」

 「……芝居ではないと。」


 「……ああ、はじめは芝居だったかもな。今は……なんというか……なんかちげぇんだよ。あいつは優しいやつで放っておけないんだ。子犬みたいでよ。俺に守ってほしいって訴えかけるんだ。」

 逢夜は戸惑いながら更夜に小さくつぶやいた。


 「……お兄様は守りたいというお考えを持っているだけです。彼女は全くそのような事を思っていないかもしれません。」

 「……俺が勝手にそう見ているだけ……って考えもあるってわけか。」

 「はい。」

 更夜は逢夜に表情なく答えた。


 「だがルルにわざわざ『俺に守られたいか?』なんて尋ねられるわけねぇだろ。どんだけ自意識過剰なんだよって感じになんだろ。」

 「そんなに気になりますか?彼女が。」

 「……お前は俺に何を言わせたいんだ?」

 更夜の言葉に逢夜は目を細めた。


 「男は心を寄せた女を守りたいと思うそうです。本能的に。」

 「はあ?なんだそりゃ。」

 逢夜は馬鹿にしたように笑った。だが心では核心をついているような気がした。


 「……漫画というもので学んだ内容ですが。」

 「ああ、そういや、お前、なんだか知らねぇが少女漫画にハマってたな。あれは少女が読むもんだろうが。」

 逢夜が笑っているので更夜は頬を赤く染めた。


 「まあ……昨今で人気の漫画というものは人間の描写と表情の描写が載っているので参考になります。ええ、憐夜も好きですし……。」


 「照れ隠しはよせ。別に少女漫画を男が読んだって悪かあねぇだろ。お前がさっき言った『男は心を寄せた女を守りたいと思う』ってのはお前がハマっている少女漫画の名台詞じゃねぇか。そのページお気に入りのようだな。何度も読んだ後があったぜ。」

 逢夜はいたずらっぽく笑った。聞いていた更夜は耳まで赤くなった。


 「お兄様っ……なぜそれを……。ま、まさか、お兄様も読んで……。」

 「さあ、どうだろうな。」


 「……私は……。」

 ほほ笑む逢夜に更夜は必死だった。それは演技ではなく本当の自分の感情を相手に伝えようとしているものだった。元々忍だった彼らは感情というものを幼い時に捨ててしまってからずっと心がわからずにいた。


 凍りついていた心は徐々に解凍されつつあった。


 「私は……。」

 「なんだ?更夜。」

 更夜の言いたいことはなんとなく逢夜にもわかっていた。だが、自分ではない者からその言葉を聞きたかった。


 「あの漫画のセリフ……わかりませんか?俺は……いえ、私は……自分の大切な者を守る行為は愛情であると……家族であると捉えました。血は関係なく、繋がるのです。大切な何かが。」


 「……大切に想う者を守ると大切な何かに繋がるか。少女漫画でそこまで難しい事考えられるのはお前だけだ。だいたい少女漫画を描いているのは女だ。読むのもほぼ女だ。……あれは女が妄想して描いたか読者がそういう物語にしてほしいと願ったか……だろ。そうじゃない奴もいるかもしれないがだいたいの女が守ってほしいって思っているだけだ。」


 「ええ。ですから……。」

 「ルルもそうだって言いたいのか?それはさっきお前が言った事と真逆だぜ。」


 「私はルルという少女の事をまだよく知りません。ただどちらもあるという事を言いたかっただけです。」

 更夜は目を閉じて柔らかい風を受け止めた。


 「……つまり、それは俺が判断しろと言いたいのか?」

 逢夜が問うと更夜は静かに頷いた。


 「はい。……ですが実は私が言いたいのはそこではなくて……先程のセリフで女の方ではなく男の方の事を言いたかったのです。今のお兄様は……その……。」

 「『男は心を寄せた女を守りたいと思う』という言葉の男の方だと言いたいのか。」

 「はい。」

 更夜は正直に頷いた。


 「お前は俺がルルの事が本当に好きだと思っているというわけか。回りくどい聞き方しやがって。」

 逢夜がため息交じりに答えた時、更夜が少し感情のこもった目で言った。


 「……男の意地として……ルルという少女の感情抜きにして彼女を守ってみてはいかがですか?この先もずっと。この件が成功したらの話ですが……彼女は待っていると思います。守られる事を恥ずかしく思いながら……お兄様の一押しの言葉を。」


 ああ……そういうことか。

 逢夜は更夜が言いたいことがやっとわかった。


 「更夜、お前は外見に似合わずアツい男だったんだな。どんな仮面も被り、表情無く人を斬ってきたお前が……心の奥底にそんな感情を持っていたなんて信じられねぇ。」

 逢夜は軽く笑ったが更夜の言う通りかもしれないと思った。


 ……俺が本気でこの件を成功させると言い……これからもずっとルルのそばにいるとはっきりとしっかり言えば良かったんだ。


 「どこかで……終わったら会えなくなるって思ってたかもしれねぇ。それが当然で普通だと思ってたかもしれねぇ。絶対一緒にいてやるっていう決意が俺にはなかった。」

 逢夜は誰にともなくつぶやいた。


 「……お兄様も十分感情的でアツいですよ。もう忍ではありませんね。」

 「うるせぇ!からかってんのか?絞めるぞ。」

 あまり表情のない更夜に逢夜はありったけの感情を込めた。


 更夜を軽く小突いた後、逢夜は更夜の肩を乱暴に抱き、

 「ありがとな。」

 と小さくつぶやいた。


 「いえ……。私も同じことを思っただけですから。」

 「一人称、兄でも姉でも『俺』にしろよ。お前、普段は『俺』だろ。アツい男なんだからよ。」

 「お兄様もお姉様の時に『私』と言わずに『俺』を使ったらいかがですか?俺同様にアツい男ではないですか。」

 更夜の皮肉に逢夜は反撃を食らい、小さく笑った。


 「そろそろ話は終わってると思うか?」

 「わかりません。行ってみますか?」

 「ああ、ちょっと覗いてみるか。」

 逢夜と更夜は柔らかい表情になると白い花畑から来るあたたかい風を頬に感じながら家へと向かった。


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