視界の月夜八話3
「さて。……幽霊はいつだって生者を導くものだ。ルル……君の心はよくわかる。」
千夜は障子戸を閉めてルルを座布団の上に座らせた。憐夜は何が始まるのかと怯えていたがただ黙って座っていた。
「ルルは逢夜を気にいってくれたのか。あいつは仲間想いで人一番優しい男だ。ルルは逢夜の中にだいぶん入り込んでいるぞ。実はあいつがあんなに取り乱すなんてことは今までなかったのだ。」
千夜の言葉をルルは聞いているのかいないのか下を向いたまま顔を上げなかった。
千夜は構わずに続ける。
「ルルが何を考えているのかはわかる。君は本当に逢夜が好きなんだな。この件が成功するかしないかわからないのに君は逢夜と別れたくないと思っている。」
千夜はルルをそっと覗き込むと憐夜の横に座った。憐夜は千夜の話を聞き、ルルが何を思っているのかやっとわかった。
「逢夜も君に心を惹かれているようだ。」
「……すればいいの?」
千夜が話している最中にルルが小さくつぶやいた。
「ルル?」
「どうすればいいの……?」
ルルの目から抑えていた涙が溢れだした。
「そんな話聞かされても私は逢夜と一緒にいられないじゃない!私は一神になっちゃう……。それは変わらないんだ!初めからこんな感情……持たなければ良かった。違う……もっちゃいけなかった。初めからこんな感情なければよかったの!」
ルルは先程感じた痛みを吐き出すように叫んだ。
「あなた達はいいね!逢夜と一緒にいられて、姉弟で!ずっと……ひっ……一緒に……いられて……。」
ルルは嗚咽を漏らしながら顔を手で覆った。
「何言ってんだろ……こんな馬鹿みたいに……感情的になる私ってやっぱりおかしい……。姉弟だもん。……一緒にいるのが当たり前だし……私と逢夜は他人だもん……。どう頑張っても他人なんだもん!そんなのわかってたのに!姉弟だから一緒にいられていいね!なんて……何言ってんの?私……馬鹿すぎて何にも言えないよ!」
ルルは涙を流しながら叫んだ後、小さく最後につぶやいた。
「……もうこのまま消えちゃおうかな……。かみさまを続けるの……もうつらいよ……。」
消え入りそうな声だった。
「……ずっと人の縁ばかり繋いで疲れちゃったのね。自分のお兄様がこんなに想われていたなんてすごく嬉しい。ルルさんはきれいな心を持っているし、優しいね。」
ルルの言葉に答えたのは憐夜だった。
「でもね。」
憐夜はルルの顔を覗き込んで言う。
「諦めちゃうのがかっこ悪い。お兄様と別れたくないならどんなことをしてでもしがみついてよ!お兄様とルルさんは縁で結ばれているのにその縁を自らほどこうとしないで。ルルさんは男女間の負の感情を取っ払える神様なんでしょ!このまま負の感情をお互い渦巻かせながら逃げるの?お兄様をどこまでも追い詰めて逃がさないようにするなら私は全力で恋を応援するよ!」
憐夜は珍しくアツく語った。憐夜は兄を悲しませないでほしいという感情の他にルルのあきらめの心が嫌だったらしい。
「追い詰める?」
ルルは初めて顔を上げた。
「そうよ!この世界の仕組みが何よ!運命が何よ!そんなの全部ひっくり返して前例から外れようよ!お兄様が全力で逃げても全力で追いかけて締め上げるくらいしたらどうなの?」
「ちょっ……憐夜、少し待ちなさい。そして落ち着きなさい。お前がアツくなってどうする……。締め上げるなんてお前の口からそんな言葉が……。」
千夜は慌てて憐夜を止めた。
「あ、お姉様、ごめんなさい。なんか変な事言いました……。ごめんなさい。」
憐夜はしゅんと肩を小さくし千夜にあやまった。ルルは先程から何か光を浴びたかのように顔色が明るくなっていた。
……追いかけて逃げられても追いかける……。そして締め上げ……
ルルはそこまで考えて頭をブンブン振った。その様子を見ながら千夜がため息交じりに言葉を発した。
「……まあ、憐夜の言葉が一番ルルに響いたみたいだが……。ルル……もう一つ、言っておきたいことがある。」
「……?」
千夜の言葉にルルは耳を傾け始めた。
「ルルと逢夜が切り離される事はない。」
千夜ははっきりとそう言った。




