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視界の月夜七話1

挿絵(By みてみん)


逢夜とルルは鶴が待機している場所まで戻った。

 「もう用は済んだのかい?よよい?」

 鶴は先程とは何も変わらず軽く話しかけてきた。


 「え?う、うん。」

 ルルはぼうっとしていた頭を元に戻して答えた。


 「鶴、この近くの図書館へ飛んでくれ。」

 「ご希望はないのかよい?」

 「ない。近くならどこでもいい。じきに暗くなる……図書館が閉まる前に着きたい。」


 逢夜は何にもなかったかのように駕籠の中へと入って行った。ルルは先程の事を引きずり困惑していたが逢夜は引きずってはいないようだ。


 いや、そう見えるだけなのかもしれない。


 ……彼は忍……感情を表に出さない……。すごいなあ。


 ルルはそう思いながら逢夜にならい駕籠の中へと入った。


 「では行くよい!」

 鶴は変な掛け声を発すると駕籠を引き飛び上がった。

 逢夜の横に座ったルルは逢夜の顔色を窺った。逢夜はいつもとまったく同じだった。


 「ん?なんだよ?俺の顔になんかついているか?」

 逢夜はルルの視線を感じ、ちらりとルルを見た。


 「え?い、いや……何でもない。」

 ルルは慌てて目をそらした。


 「……なんか隠してんな?なんでもいい。俺に聞け。」

 逢夜はルルの心を見透かし、ルルに笑いかけた。


 「……あ、あの……さっきの事……引きずってないの?」

 「ははっ!こんなに直球で聞いてくるとは思わなかったぜ。」

 ルルの質問に逢夜は軽く笑うと話を続けた。


 「引きずってないと言えばウソになるが割り切るのは昔からの癖でな。もう終わった事は流すようにしてんだ。でも間違えるな。お前をもし助けられなかったら俺はたぶん皆が引くくらい落ち込むと思うぜ。」


 逢夜はまた軽くほほ笑むとルルの頭をそっと撫でた。


 「ふふっ……ありがとう。逢夜。でも……無理しないでね。」

 「……ああ。もう何百年も前の事だ。大丈夫だよ。ありがとう。」

 逢夜は穏やかな声でルルに返事をすると窓の外を眺めた。


 窓の外は最初に乗った時よりもだいぶん速く流れていく。鶴は高速で空を飛んでいるようだ。


 「よよい!まだ開いている図書館があったよい!」

 鶴は飛んでからそんなに経っていないのにもう声をかけてきた。


 「じゃあ、そこで降りてくれ。」

 「わかったよい!」

 逢夜の声を合図に鶴は駕籠を下降させた。

 

***


 逢夜とルルは小さな町の小さな図書館の前に足をつけた。

 あたりは薄暗く、夕日は完全に沈みかかっている。当然、この時間は誰も図書館付近を歩いていなかった。


 「そ、そういえば逢夜は私の厄の方面がわかったのにどうして図書館に行こうと思ったの?」

 ルルは図書館への自動ドアを潜りながら隣を歩く逢夜に尋ねた。


 「ん?ああ、お前は知らねぇのか?人間の図書館から神々が使用する図書館に行けるんだ。そしてその図書館から……夢幻霊魂の世界、視界(弐の世界)に行ける。」


 「えっ!弐の世界!?」

 逢夜の答えにルルは驚き、思わず叫んだ。


 「叫ぶなっつーの。」

 「ご、ごめん……。」

 ルルは逢夜が大きな声を嫌っていた事を思い出し、小さくあやまった。


 「視界(弐の世界)にあの図書館からルルが一神で入ったら間違いなく元の場所に戻れない。Kの使いで霊魂である俺がいればお前は迷わず肉体ごと視界に入る事ができる。うまく視界に入れたら俺の姉弟を紹介しようと思う。そしてこれからどうするか策を立てたい。まあ、今はとりあえず神々が利用する図書館の方に行くぞ。ちょっと調べたい事もあるしな。」


 逢夜はルルの手を引くと図書館のロビーから図書館へと入った。本の量はそれほど多くなく、広さもあまりなかった。閉館間近だからか人は一人もいなかった。


 逢夜は迷うことなくルルの手を引き歩き、キッズコーナーから奥まった歴史書棚の方へ歩いて行った。

 この町の郷土資料などが沢山並べられている棚の奥にもう一つ空間があった。


 「ここから先の空間は霊的空間だ。人間の目には壁に見えるはずだぜ。まあ、実際にここは壁だ。俺達は壁の裏側の空間に入る。」


 「本当だ。この壁の裏側にもう一列本棚がある……。」


 逢夜に連れられてルルは霊的空間内へ入った。霊的空間はここの図書館に合わせて作られており、この歴史書コーナーがもう一列ある……といったように見える。


 しかしこの棚には本が収納されておらず、下の方に一冊だけ何もかもが真っ白な本が申し訳なさそうに置いてあるだけだった。


 「んで、これだ。」

 逢夜はその不気味な白い本を手に取った。

 白い本には『天記神』とタイトルのようなものが書かれていた。


 「……てんきじん?」

 「いや、『あまのしるしのかみ』だ。じゃ、行くぜ。」

 「え?行くって……何?……逢夜、この本何も書いてないよ……。」


 ルルが訝しげに逢夜を見たが逢夜は当たり前のようにその本を開いた。

 ページも何もかもが真っ白な本は急に光出し、逢夜とルルを本の中へと引きずり込んだ。

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