視界の月夜六話5
二人は石碑から離れ、暗くなりつつある山道に足を踏み入れた。逢夜は以前ルルが暗闇を怖がっていた事を思い出し、肩を抱いてくれた。
道はさほど険しくはなかったが石畳のように所々岩が出ているような道だった。
しばらく歩くと赤い鳥居が見えてきた。辺りはだいぶん暗くなってきて周りの木々がなんだか不気味に思えた。
「……ここか。」
「そ、そうみたいだね……。」
「なんだ?怖えのか?お前、神だろ……。」
なんだか怯えているルルに逢夜は呆れた声を上げた。
「なんか薄暗いし……不気味なんだもん……。」
確かに辺りは夕暮れを迎え薄暗い。不気味と言えば不気味だ。
「大丈夫だ。ここに神さんがいるかもしれねぇし、ちょっと挨拶に来たと思えば……。」
逢夜はルルをなだめ、鳥居を眺めた。鳥居の奥に社がある。手入れは行き届いているようだった。誰かが定期的に掃除に来ているらしい。
逢夜が社内に目を向けているとゆっくり社の扉が開いた。
「ひぃ!扉がっ……。」
「慌てんな。ここに住んでいる神だろ。」
ルルが小さく悲鳴を上げたので逢夜はとりあえずルルを落ち着かせた。
社は神の住居スペースである。人間が社の扉を開けても置物などが置いてあるだけだが神が扉を開くと霊的空間に繋がる。その霊的空間内はごく普通のどこにでもある部屋だ。
神々によっては生活感丸出しのスペースである。
「……どちら様?」
社の扉から女の声が聞こえた。
「やはり神が住んでいるか。あんたはここに住む厄神か?」
逢夜が扉に向かい声をかけた。また扉がゆっくりと開く。まだ姿は見えない。
「そ、そうですが……。」
女は戸惑った声で返事をしてきた。
「姿を見せてくれないか?俺は霊で逢夜という名だ。そして彼女は厄神のルルだ。」
逢夜はなるべく優しく声をかけた。
「……なんて運命なんでしょうか……。逢夜様……ルルを見つけたのですね。」
「……?」
女の意味深な発言に逢夜は眉をひそめた。
刹那、扉が完全に開き、中から長い黒髪を持つ着物姿の女が現れた。
「……っ!んなっ!せっ……セツ!」
逢夜はその女を見て声が出なくなるほどに驚いた。社から出てきたのは昔よりも少し大人びたセツ姫だった。
「なっ……なんで……。」
逢夜の横でルルも息を飲んだ。
「私は地域信仰により『人についた厄をもらう』神様になりました。……久しいですね。逢夜様。まさかあなたに現世でお会いする事になるとは……。」
セツ姫はあの切なげな笑みで逢夜を見つめた。
「ほ、本当にセツ……なのか?」
「はい。そうです。」
セツ姫の返事に逢夜は胸が高鳴った。
「セツ……俺は……。」
「逢夜様。現在私はあなたの事を何とも想っておりません。」
セツ姫の質素な言葉に逢夜は軽く笑うと目を伏せた。
「だろうな。……それでいい。もう何百年も前の事だ。だが……一つだけ言わせてくれ。いままで俺を一途に想ってくれてありがとうな。すごく嬉しかったぜ。それからずっと言いたかったんだが……俺はお前に惚れてたんだ。お前は……」
「置いてきたんです。その気持ちを……。」
逢夜が最後まで言い終わる前にセツ姫が言葉を被せた。
「……?」
「私はこれから……全く別の新しい神になります。この感情もすべて真っ白になります。だから置いてきたんです。」
「どういう事だ?」
セツ姫が言っている事が逢夜には理解できなかった。
「私は力が衰えて厄の処理ができなくなりました。人間もそれを察知し、私を厄除けの神にしようとしています。ちょうどいいのですべてを失って生まれたての神として厄除けの神になろうと思いました。ですが……忘れたくない感情がありました……。それが……」
セツ姫はルルを視界に入れるとまた切なげにほほ笑んだ。
「それは……?」
「逢夜様を愛する心です。この気持ちは失いたくなかった。私が幸せに感じていた唯一の気持ち……どうしても持っていたかった……だから……私から生まれたルルにこの気持ちをあげたのです。」
「なんだって?」
「私は……セツ姫さんから生まれたって……?」
セツ姫の言葉にルルと逢夜は目を見開き驚いた。




