視界の月夜六話4
墓石に寄り添う女の物語。
そうタイトルが書いてあった。
ルルは気になり説明を読み始めた。
『一説によりますとこの物語のモチーフはどこかの城の姫だったのではないかと言われています。ある時、この近くにある寺に駆け込んできた女がいました。
夫が亡くなったので墓を作りたいと女は必死の顔で言ったそうです。女の足でこの険しい山道を登ってきたのかとお坊さんは驚き、お坊さんはその女のためにここに墓を建ててあげました。
女が衰弱し、やせ細っていたのでお坊さんは女を寺へ招き、休ませてやろうとしましたが女は首を横に振ると頭を下げ、そのまま去って行ったそうです。
それからしばらく吹雪いていましたので外に出る事はできず、唯一晴れた日にお坊さんは例の墓に供え物を持って行きました。
そして驚きの光景に出会ったのです。
そこには雪が被らぬように墓石を守る女がいたのです。
墓を建ててやったその日から女はずっと吹雪いているこの場所で墓石を抱き続けていたようです。
お坊さんは慌てて女に近づきました。女は朦朧とした意識の中でただひたすらに夫の名を呼び、幸せになれるように祈っておりました。
そしてお坊さんが来たのだとわかるとほほ笑んで命を落としました。
それからここは絆岩と呼ばれ、登山客がここでお互いの絆を確かめ合うようになったそうです。
そしてこの地区に伝わる厄神の話と混同され近くに神社も建ちました。
今は厄をもらってくれる神様としてパワースポットになっております。
御祭神、留女厄神。参拝はこちらからどうぞ。』
最後に矢印が森の中を差していた。
「……留女厄神……。逢夜……この記述、セツ姫さんのだよ!そして……」
ルルは内容を読み、先程の映像と照らし合わせ確信した。なぜルルにあの光景が見えたのかはわからない。だがあの映像を信じる事にした。
「ここは逢夜のお墓……。セツ姫さんが逢夜のお墓をここに作って逢夜の幸せを願いながらここでずっと祈り、そして亡くなった……。」
ルルは夕日に照らされた逢夜の顔を切なげに見上げた。
「どうしてそれがわかる?ルル……。」
「わかるよ……見えたから。……逢夜、セツ姫さんはすごいね。逢夜が死んでからお墓を荒らされない場所に作って吹雪から守って……ずっと幸せを願い続けて……私とは違う……私が逢夜とセツ姫さんの間に入り込もうなんてしちゃいけなかった。」
ルルはセツ姫の事を想い、涙を流した。切なさと虚しさと一人で墓を吹雪から守り続けた孤独さと素直で優しい心……そしてセツ姫には絶対に勝てないのだとルルは悔しくもあり、涙がとめどなく流れた。
……この人には勝てない……。
「ルル……お前はお前で強い。セツも強い女だった。だが……ルルもセツに負けねぇくらい強くて優しくていい女だ。」
逢夜はルルの肩をそっと抱き、夕日に照らされている石碑を眺めた。
……ここが俺の墓……。セツが建ててくれた墓……。あいつは馬鹿だ……俺はあいつの幸せを願って死んだのに……あいつは俺の事なんて願って死んだのか。
逢夜にも自然と涙が零れた。ずいぶん前の記憶なのだが今は最近の事のように思い出せる。
「……逢夜……。」
ルルは逢夜が泣いている事に気が付き、自分の涙を拭いて逢夜の手をそっと握った。
……私は自分の事しか考えていなかった。今、一番辛い気持ちなのは逢夜だ。それなのに彼は私を慰めて励まそうとしていた……。
……だから今は私が慰めないといけないんだ。
「……逢夜、セツ姫さんは幸せ者だったんだね。」
「幸せなもんか……。幸せなわけねぇだろ……。俺が壊した。あいつも……あいつの家族も……あいつの心も……皆俺が壊したんだ!もう忘れたはずだった。後悔を背負っていくつもりだった……。だが、気持ちが溢れて止まらない……。あいつを不幸にしたのは俺だ……。俺なんだ。」
逢夜は歯を食いしばりながら泣いていた。夕日は徐々に沈んでいく。オレンジ色の夕日はルルと逢夜を切なげに照らす。
「……私は幸せだったと思うよ。本当に逢夜の事、愛していたんだね。逢夜の優しさに気が付いていたんだ。あなたに愛されることで幸せを得ていたんだろうね。」
ルルは優しく逢夜にほほ笑んだ。
「俺じゃなくてもっと広い世界で幸せを掴んで欲しかった……。」
「逢夜、逢夜は女の子の事、わかってないね。私はセツ姫さんの事すごくよくわかるよ。……女の子は本当に好きになった男の人を影で守ったり一途に追いかけたりするんだよ。それを幸せだと感じるの……。だから私は本当に好きな人の幸せを最期まで祈り続けられたセツ姫さんは幸せだと思う。ほんと、男の人はすぐにどこかへ行ってしまうけど……。」
ルルは石碑の前で手を合わせた。ここは逢夜の墓だがセツ姫が死んだ場所でもある。
「ルル……ルルはそう思うのか?セツは幸せだったと……。」
「うん。私はそう思う。」
「……そうか。」
逢夜は涙を袖で拭うとルルにならい手を合わせた。
「……こんな幸せじゃなくてもっとちゃんとした幸せをセツにあげたかった……。もっと優しくしてやればよかった……。セツ……視界にいるなら……会いたい。」
逢夜は目を閉じ、そう言葉を発した。
「ここに来れて良かったね……逢夜。」
「ああ。」
「ねえ、逢夜、私、この先の神社に行ってみたいんだけどダメかな……。」
ルルはそっと立ち上がると神社があるという森の中に目を向けた。
「ああ。行ってみようぜ。この記述の厄神はお前か?」
逢夜はルルを不安げに見つめた。
「ううん。たぶん違うと思う。だって私の神社は別にあるから。でももしかしたら……私の神社の本社かもしれない……。そんな気がするの……。」
「本社……。」
「私は他の厄神と分離した存在なんじゃないかって昔みー君に言われた事があるの。……この厄の記述が今の私の役割と同じだから……もしかしたらって……思ったの。」
ルルは看板に書いてある、『今は厄をもらってくれる神様としてパワースポットになっております。』という部分に目を向けた。
「……もしかするとルルの根源がわかるかもしれねぇって事か。じゃあ、行くしかないな。俺がちょっと脱線しちまったみてぇで悪かったな。」
「ううん。脱線じゃないと思う。セツ姫さんは私と関係があるようなそんな気はするの。だから……これは運命かもしれないね。逢夜が私を見てセツ姫さんだと思った事も……。」
ルルは逢夜に切なげにほほ笑んだ。
……この表情……一瞬あの時セツが映ってからルルだと思ってもどうしてもセツが映る……。
……運命……か。
逢夜はルルの頭を優しく撫でると手を取り、歩き出した。




