視界の月夜六話3
鶴は地面に駕籠を置くとまた「よよい!」と声を上げた。
逢夜とルルは駕籠から降りて森の中へ足をつけた。
辺りは都会よりは明らかに涼しく、木々が元気に伸びていた。先に小さな道ができており、登山客が来ているような感じだった。今は夕方に近くなってきているせいか誰も歩いていない。かなりの山奥だ。ここにある石碑はここまで登ってきた登山客しか知らないだろう。
逢夜とルルは狭い登山道を登り始めた。
「……石碑ってこのちょっと先にあるのかな?」
「そうみたいだな。」
逢夜はルルが転ばないように道を確かめながら先頭を歩いた。
ちょっと険しい山道に逢夜は見かねてルルの手を取り歩き始めた。
「セツ姫さんはこの辺りに住んでいたの?」
「いや……もっと下だ。俺とセツが最後に会ったのはもっと遥か下だ。」
「そう……。」
逢夜はルルを連れてゆっくり進み、しばらく歩いた。ちょっと山を登った所で小さな展望台のようなものがあった。その展望台の前に漢字が入っている石碑がぽつんとあった。
「この石碑……お墓……みたい。」
ルルは夕焼けに照らされている小さな石碑を不気味そうに眺めた。
ふと横を見るとこの石碑の説明書きが看板のように立っていた。お花も添えてあり、放置されているような感じではなかった。歴史観光巡りなどのツアーに入っていそうな感じだ。
ルルが石碑を眺めていると急に不思議な風が吹いた。現在は夏に近い……だがその風は真冬の吹雪のように冷たかった。
……寒い……。
ルルが身を縮めた刹那、辺りの風景は雪景色に変わっていた。
「え……?」
ルルは不安げな顔で辺りを見回した。逢夜を探したが逢夜はいなかった。そして代わりに石碑の前に若い女が立っていた。歳はルルより下か同じくらいだ。
「……誰……?」
ルルは女に尋ねたが女は何も答えなかった。
かわりに独り言を話し始めた。
「……逢夜様……安らかにお眠りください。私はここでずっとあなたの幸せを願っています。」
目の前の女は熱心に石碑に向かい祈っていた。
「……もしかして……セツ……姫さん?」
ルルはそっと女に声をかけた。しかし、女は何も答えなかった。
「ずっと一緒にいたかった……あなたの優しさは……素直な優しさでした。……逢夜様……愛しています。」
女は弱々しい声で石碑を抱きしめる。よく見ると女はボロボロな格好をしており、体はやせ細っていた。
……セツ姫さん……まさかここまでこの雪山を登ってきたの?この石碑を逢夜って呼んだって事は……この石碑は……逢夜の……。
ルルは切なげに石碑を見つめた。
「……ここなら……ここなら誰も邪魔しません……。私はここでずっとあなたの幸せを祈り続けます。」
女はその場から動こうとはしなかった。
「そ、そんなところにずっといたら死んじゃうよ!しかもそんな恰好で!」
ルルは見かねて女に近づいた。
「あなたには亡くなってから幸せになってほしい……。あなたもきっと辛い経験を沢山してきたのでしょう……。お願いです。神様……逢夜様を幸せにしてください。」
女はルルが見えていないのかずっと何かを祈っていた。ルルが女の肩を掴もうとしたが手は女をすり抜けた。
「えっ……。」
ルルは驚いた声を上げた。刹那、吹雪がルルと女を襲った。ルルは目の前が真っ白になった。
「おい!ルル!大丈夫か?」
「え?」
ふとルルは逢夜に肩を揺すられていた。ルルは我に返った後、辺りをもう一度見回した。虫が鳴いている。オレンジ色の夕日が石碑を照らし、辺りに雪はない。
……な、何だったの……?
逢夜が心配そうにこちらを見ていたがルルはその隣の説明書きの方に目がいった。




