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視界の月夜五話7

 それから半年後……逢夜が軍師を殺す時期が早すぎたため、信濃内部は計画から外れてあちらこちらで戦争が起こっていた。甲斐の武田も入り込んで来て穏やかではなくなった。


 逢夜は戦火の中で甲斐が有利になるようにあちらこちらで忍術を使い攪乱していた。

 燃える屋敷の前で何人か殺した逢夜は戦火中の隣国を壊しに向かった。


 ……もう仕方ねぇ!これは俺の失敗だ。とりあえず、今は暴れよう。


 隣国へ入る山麓の中、敵に見つからないように動いていた逢夜は一人の少女を見つけた。

 少女は男達に追い回されていた。


 「セツ!」

 逢夜は一瞬で少女がセツ姫であることに気が付いた。


 ……良かった……生き延びていたのか。しかし……なぜこんな渦中にいる……。

 ……はっ!そうか……ここは例の軍師を殺した場所に近いんだ。セツ……この場を離れなかったのか……。俺を……待っていた……のか。


 「おい、そこの女。お前は銀のハヤブサについて知ってやがるだろ。言え。」

 セツ姫は追い回していた男の内の一人に捕まった。


 「……一度この屋敷で見た限りです。離してください!」

 セツ姫はもがくが男の力には抗えない。


 「夫だったんじゃないのか?お前の事、色々と調べた。」

 「……違います。まったくの他人です。」

 「生け捕りにして吐かせるぞ。」

 セツ姫は武装している男達に捕まった。


 ……セツはもう関係ない……。俺は俺の仕事を……。


 逢夜はそのまま立ち去ろうとした。しかし、男の内の一人が刀を抜いたので逢夜は立ち止まった。


 「何もしゃべらないようならお前をハヤブサの仲間として処理するぞ。」

 「……構いません。殺してください。」


 「強い女だ。悪いがハヤブサに関わった者はすべて処理しているんだ。あの男は危険だ。裏で動かれたらまずわからん。」


 「……そうですか。」

 男が刀を振りかぶりセツ姫の首をはねようとした時、咄嗟に逢夜は飛び出し、男の刀をはじいた。


 「……っ!」

 男達、セツ姫は驚き、目を見開いた。


 「はっ……ハヤブサだ!仕留めろ!」

 飛んできたのが逢夜だとわかると男共は慌てて刀を抜き、逢夜に斬りかかった。逢夜は軽くかわすとあっという間に四人の男を始末した。


 「……っ!化け物めっ!」

 残り二人になった男も逢夜に斬りかかった。しかし逢夜はそれも軽くかわし刀で二人の首をはねた。

 森が再び静かになった所で逢夜はセツ姫にそっけなく言った。


 「……誰だか知らねぇが助かって良かったな。」

 「はい……どこのどなたかわかりませんがありがとうございます。」

 お互いは他人のふりをしていた。そういう約束になっていたからだ。


 逢夜がその場から立ち去ろうとした時、辺りの木々に潜んでいた弓隊が逢夜とセツ姫を囲んでいた。


 「……っち……余計な事をしたぜ。」

 逢夜は素早く動き弓隊を攻撃し始めた。弓を射る前に逢夜は一人二人と始末していく。


 しかし、弓隊の人数が多く、逢夜はかわしきれなかった。矢が何本も体に刺さった。

 弓はセツ姫にも向いた。セツ姫も殺すつもりのようだ。


 「……っ!セツ!」

 逢夜はセツ姫を庇い、何本もの矢に刺された。体中から血が流れ逢夜はこれが最期だと悟った。


 それでも弓隊を倒し、立っている者が残り二人となっていた。残りの二人は奇声を発し怯えながら弓矢を射っていた。


 逢夜はセツ姫を庇い、再び矢に刺された。もう逢夜は立っていられず、その場にうつぶせに倒れた。


 ……ち……くしょう……セツ……逃げろ……逃げてくれ……。


 男二人はチャンスだと思ったのか弓を構えた。


 ……もう少し……もう少し体が動けば……。


 逢夜は血にまみれた手でクナイを二本男に向かって放った。弓を射る途中だった男達は避ける事ができず、クナイは的確に心臓を貫いた。


 男が倒れるのを逢夜はしっかりと確認した。一体自分に何本の矢が刺さっているかわからないが弓隊はすべて処理したようだ。


 もう痛みも感じず、辺りは暗くなっていくばかりだ。


 ……これで……セツは助かる……俺が守ってやれれば良かった……がこれはもうダメのようだ……。


 逢夜の空ろな瞳にセツ姫が映った。少し離れて立っていたセツ姫は血にまみれ死んでいく逢夜を悲しげに見つめ泣いていた。


 「……ど、どこのお方が知りませんが……助けてくださってありがとうございます……。」

 セツ姫は逢夜の近くに座り込んだ。口に手を当てて静かに涙をこぼしていた。


 逢夜にはもう言葉を発する力も残っていなかった。矢は肺にも何本か貫通している。もう声も出ないだろう。


 ……なんで俺はこの女を助けちまったんだろ……。自分を犠牲にしてまで……。

 逢夜はセツ姫の顔と妹の憐夜の顔を重ね合わせていた。


 ……そうか……セツは……切なげに笑うところが憐夜に似てるんだ……。俺はそれで動かされたのか。


 逢夜は暗くなっていく視界の中でセツ姫の顔を見続けた。セツ姫は逢夜の手を握り、小さく嗚咽を漏らしていた。


 ……セツ……こんな最低な男に涙を流してくれるんだな……。

 ……もしかしたら俺は……本当にセツに惚れちまってたのかもしれない……。


 ……今更な気持ちだ。散々セツを不幸にしてどの口から惚れたなんて言えんだよ。俺はとんだ馬鹿野郎だぜ。


 ほんと……俺はもう人間じゃねぇよ。


 刹那、逢夜の体が燃え始めた。

 忍は何一つ証拠を残さないし首も取らせない。すべてが謎のままだ。


 ……ああ、いい気分の死に方だ。最低な奴は最低な死に方がお似合いだ……。

 ……セツ……お前は……幸せになってくれ……俺は……お前の事、好きだったようだぜ。


 逢夜は最期に燃える炎の中でセツ姫を見上げた。そして優しくほほ笑み、セツ姫の事を想った。いままでで一番優しい顔をしたかもしれなかった。


 消えていく視界の最後の最期でセツ姫の声が聞こえた。


 「逢夜様……愛しています。逢夜様……。」


 その言葉とセツ姫の涙が落ちる音を最期に逢夜は暗闇の中へと落ちて行った。


 悪い気分ではなかった。

 自分の気持ちが最後の最期で素直になれてよかった。


 そして惚れていた事を言えなくて良かった……。

 ……俺は最低のひとでなしでセツはこれから幸せになる女。元々釣り合わねぇ……。


 ……セツが幸せになっていたらそれでいい……。

 ……俺はそれでいい。ああ……それでいいんだ。


 もうセツ姫の声は逢夜には届かなかった。

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