視界の月夜五話5
次の日の早朝、気持ちを切り替えた逢夜は覚悟を決めたセツ姫を連れ、隣国の軍師の屋敷へと入った。軍師は敗戦国の姫だと知ると喜んでセツ姫を買った。
逢夜の巧みな話術により軍師は逢夜を気に入り、部下になるように勧めた。元々、この国の忍もやっていた逢夜は疑われる事なくこの軍師の屋敷に出入りできるようになった。
「お前があの城を落としたのか。感心する気持ちと同時に私は怖い。お前が裏切るのではないかと。」
軍師の男は逢夜を疑うように見ていた。
「いいえ。わたくしはここに仕える忍でございます故、そのような事はございません。二年間築いたものがありましょう。」
逢夜は人懐っこい顔で笑った。軍師の男と逢夜は度々、お酒を酌み交わす仲になった。
狭い和室の一室で二人は談笑していた。
……この軍師は戦の動向を見るのが上手い方だ。こいつを殺せばこの国の力は減る。現にこいつが女を買ってどれだけ残忍な行為をしても上は黙認している。それだけ、こいつの力は有力だ。
「孫子の兵法にある一説で……おい、何をしている。さっさと片付けろ。」
「はい。」
横で待機していたセツ姫は慌てて空になった徳利を持って行く。セツ姫は裸に近い格好で生活させられ、毎日のように暴力を振るわれていた。
徳利を持って行く最中、軍師が足を出し、セツ姫を転ばせた。徳利が勢いよく割れ、その破片がセツ姫の頬や額を切った。
セツ姫の顔から血がぽたぽたと滴った。
「……申し訳ございません。」
「まったく何をやっておる。畳がお前の血で汚れるではないか。この徳利も高かったんだぞ。逢夜殿にケガがあったらどうするつもりだ。今すぐにあやまれ。」
軍師は敗戦国の姫にあやまらせる事に興奮を覚えるようだった。
「申し訳ありませんでした……。」
セツ姫は逢夜に頭を下げてあやまった。
「……よい。」
逢夜はぶっきらぼうに一言言った。
「……。」
セツ姫は逢夜から目を離すと割れた徳利を片づけ始めた。
「早くしろ。邪魔だ。」
「はい……。」
軍師はセツ姫を蹴り飛ばし、満足そうに再び座った。
「お気に召さない女で申し訳ありません。」
逢夜が片づけをしているセツ姫を見ながらため息交じりに言った。
「いやいや、この女、実にいい声で鳴きやがる。そそる女ではないが最近のお気に入りだ。しばらく楽しめそうだ。お前は私の趣味を理解する数少ない男だ。これからも仲良くしてくれよ。」
「はい。」
逢夜は柔らかく笑った。




