視界の月夜五話4
「あなたは本当はとても優しい……私はこの二年……あなたと過ごして全部が全部演技ではなかったように思うのです。心の中というのはそう簡単に隠す事はできません。」
「うるせぇ。お前とのくだらねぇ夫婦ごっこは全部演技だ!お前の事なんて微塵にも思った事ねぇよ。生意気言ってんじゃねぇ!」
逢夜はセツ姫を殴りつけた。セツ姫は小さく呻くと殴られた頬を押さえ、そっと逢夜を見上げた。
「あなた……辛そうです……。本当は忍者なんて……」
セツ姫が最後まで言い終わる前に逢夜は再びセツ姫に暴行した。
「うるせぇな。うるせぇんだよ!」
「あなたは優しい人……手加減して殴っている……。」
セツ姫の言葉に逢夜は奥歯を噛みしめ、額に汗をにじませた。逢夜はセツ姫に完全に飲まれていた。
……くそっ!俺が動揺しているなんて……。
「本気で殴ったら商品にならねぇだろうが。」
「そうですね。その通りです。」
セツ姫はまた切なげに笑うと目を閉じた。
「……あ?」
「今の発言について……好きなだけ殴って構いません。私は逃げませんから。あなたの気が済むまで。」
「……っ!……っち、これ以上殴ったら傷もんになっちまうだろうが。お前が体から血を流すのはここじゃねぇ。売れてからだ。」
逢夜は心を落ち着けてセツ姫のペースに流されないようにした。
「そうですか……。ありがとうございます。」
セツ姫はまた切なげにほほ笑んだ。
……ありがとうございますって何だ!こいつは今、何に礼を言ったんだ……。それ以上殴らなかった事に対してか?ふざけんな。
「……なあ……。」
「はい。」
逢夜の口が頭と全く違う事を話しだした。
……や、やめろ……。それだけは言うな!
「まだ……吹雪は来ない……逃げるなら今……俺から……逃げろ。ここから右の方へ歩いて行けば村がある……。お前の足でも風が強くなる前にたどり着けるはず……だ。」
……俺は何を言っているんだ……。こいつを逃がしてどうする……。
「逢夜様……私は逢夜様の役に立ち、死にます。ですから私はあなたのおそばから離れません。」
逢夜の想像した答えとは全く違う答えをセツ姫は出してきた。
「だから俺はお前の事なんて何とも思ってねぇんだよ!俺のために死んでどうすんだ!」
逢夜は再び怒鳴った。
……くそ!俺はさっきから何を言っているんだ?矛盾してんじゃねぇか!
「私にとって……あなたは初めて好きになった男の人……。本当は城が落ちてもあなたに尽くせたらそれで良かったのです……。私はあなたのものなのですから。」
「……親父よりも俺を取ったってのか。世界がせめぇな……。まあ、世界が狭いのは俺もか。……お前の覚悟は俺に利用されるぞ。それでいいのか。」
逢夜は再び心を落ち着け、余裕を持つと冷ややかな声で言った。
「はい。」
セツ姫はたった一言、返事だけした。
……俺は感情を持たない……持ってはいけない……。こいつを俺は利用できる。喜ばしい事だ……だが……。
「じゃあお前の覚悟に免じて今夜だけは肩を抱いてやる。明日は他人だ。いいな。」
「はい。」
セツ姫は逢夜に甘えてきた。逢夜は仕方なく肩を抱いてやった。
……こいつの相手が俺じゃなかったら……幸せになれたかもしれねぇな……。
逢夜は静かな洞窟の中で銀色の世界を見つめた。




