視界の月夜五話1
逢夜はルルを連れてマンションの一室から外へ出た。
「……じゃ、じゃあ表参道駅に行く?」
「……いや、あれはただのお忍びで行くときの場合だった。別にお忍びではないから普通に鶴を呼んでくれ。」
「うん。」
逢夜に素直に従いルルは素早く鶴を呼んだ。
鶴はすぐに現れた。鶴はいつもほとんど神々を待たせない。
「よよい!お呼びかよい!」
数羽の鶴は乗り物駕籠を引きながら羽を羽ばたかせた。
「うん。移動を頼みたいんだけど……えーと……逢夜……場所は?」
「長野だ。とりあえず長野に行ってくれ。正確な場所もわかるが物語になっているならば図書館だろ。なるべく昔の書籍が残っている図書館がいい。」
逢夜は鶴にとりあえず大雑把に伝えた。
「ふむ。わかりましたよい!では駕籠へどーぞ。」
鶴に促されてルルと逢夜は駕籠に乗り込んだ。
ここから長野はかなり遠いが駕籠内の座り心地はとても良かった。遠くへ行くにも良心的な設計だった。
「では、出発するよい!」
鶴は羽を羽ばたかせると勢いよく空へと舞った。鶴は空へ舞いあがると一度旋回してから進み始めた。
少し落ち着いてからルルがちいさく逢夜にささやいた。
「……ねえ、さっきの話なんだけど……。」
「ああ……いい気分になる話じゃないぜ。それでもいいなら話す。」
逢夜は鋭い瞳をルルに向けるとルルに確認を取った。
「私は大丈夫だけど、逢夜が辛いなら話さなくていいよ。」
「……いや、俺は大丈夫だ。俺じゃなくてルルの方が心配なんだ。俺がこの現世にいた時の話だ。俺もルルが思っているような男じゃねぇし、たぶん、軽蔑すると思う。最初に言っておくぜ。」
逢夜はルルをちらりと見た。
「大丈夫だよ。軽蔑しないよ。私は今が大事だと思うから……。」
ルルは逢夜に優しく笑いかけた。
「そうか……。じゃあ何から話そうかな。まずは……俺が忍だった話から……。」
逢夜は昔を思い出すように目を閉じると口を開いた。
*****
あれは五百年ほど前の事だったと思う。今と外見年齢が同じくらいだった逢夜は仕事で暗殺と諜報の任についていた。瞳は今と違い、まったく光がない。逢夜は感情がほとんどない冷酷な表情をしている男だった。
逢夜は信濃の佐久郡あたりにいた。歴史にも乗らないような小さな城に潜入し、これから名声を上げて佐久郡の実力者、望月氏に気に入られる、結果的にそうなるように仕事をしていた。
そして最終的には信濃の郡を内部から壊滅させる手伝いをし、甲斐の国から報酬をもらう。そういう設定だ。逢夜は現在、甲斐に雇われている忍だった。
逢夜は屋敷内で殿にとても気に入られていた。
小さな屋敷の一室でこの城の城主と逢夜は酒を飲み交わしていた。城といっても横に平たい小屋のようなものだ。そんなに大きくもないのですぐそばには家臣もいた。
「銀のハヤブサ……か。お前もなかなかにいい通り名を持っているな。そういえばかなり遠くの土地で蒼眼のタカと呼ばれている凄腕の武士がいるようだがお前のように銀色の髪をしているらしいぞ。」
この屋敷の殿は逢夜に笑顔を向けると椀から酒を飲んだ。
……そりゃあ俺の弟更夜だな。武士として仕官されて入り、あいつはどこぞの城主殺しの任を受けている。上手く行く事を祈っているぜ。更夜。
逢夜は心でそう思いつつ、初めて聞いたかのような演技をした。
「蒼眼の鷹ですか。本当に強いのかどうか確かめてみたい気もします。」
「確かめてみたいか。だがお前は我が城で働いてもらわねば困る故な。」
殿はクスクスと笑った。
「ええ。もちろんでございます。殿からは離れません故。」
「……実は我が四女のセツの事なんだが……。」
逢夜の反応を見、殿は言いにくそうに言葉を発した。
「はい。」
「あやつはもういい年で婿を探しておる……。一番信頼がおけるお前がもらってくれると私も嬉しいのだが……少し変わっていてな……。」
殿が控えめに逢夜の様子を見ていた。
逢夜は少し迷ったふりをしていたが本当は貰う気でいた。その方が難なく溶け込め、この殿を操れる可能性があるからだ。
……用がなくなったら殺せばいい。
逢夜はそう思っていた。
「はい。わたくしもセツ姫に惚れているようです……。もしよろしければお受けいたします。」
逢夜は優しい笑顔で少し照れる仕草をした。これは演技である。本当はどうでも良かった。
「そうか。ではこれからもセツをよろしく頼むぞ。あの子は貰い手がなくて外交にもまったく使えないんだ。それでもよいか?」
「はい。」
逢夜は殿に深く頭を下げた。




