視界の月夜四話3
フライパンが温まってから野菜を入れて炒め始めた。どうやら野菜炒めを作っているようだ。
フライパンの動かし方も初めて器具を使う感じではないようにルルは思った。
「ね、ねえ……現世の調理器具、使った事があるの?」
「ん?あー……ちょっとな。」
逢夜は味付けをしながら答えた。
フライパンが乗っているコンロの隣では味噌汁が出来上がっていた。
「う、うそ!お味噌汁……いつ作ったの!?」
「……今だが?」
「……全然気づかなかった……。」
ルルが茫然としていると炊飯器のメロディが聞こえてきた。
「ええ!ごはんまで炊けてる!」
「ああ、飯はお前が起きる一時間前にセットしておいたんだ。朝飯食うだろうと思ったからな。ちょうどいい時間で良かったぜ。」
「な、なんかありがとう……。でも……ここまで完璧に現世の調理器具を知っているなんて驚いた……。」
ルルが呆けている間、逢夜はサクッと洗い物をし、机に野菜炒めとごはん、味噌汁をよそっておいた。
「ほら、食え。ルルは人間に近しい神のようだから人間のように腹が減るんだろ?味見もちゃんとしたからうまいと思うぜ。」
逢夜はそう言うとルルが座る向かいの席に座った。
ルルはハッと我に返ると料理が並べられている側の椅子に座り、手を合わせて食べ始めた。
「い、いただきます!……お、おいしい!なんでこんなにおいしいの?こんなおいしいの食べた事ないよー!」
ルルはあまりの感動にしくしくと涙をこぼした。
「こんなんで泣くほど喜ばれるとは思ってなかったぜ。……ルル……あんたは優しい奴だ……。そして幸せになるべき神だ……。」
「……ん?なあに?いきなり。」
逢夜の言葉にルルが不思議そうに逢夜を見上げた。
「言うか言わないか……さっきまで迷っていた……。これはお前のためだ。だから俺は言う事にした。」
逢夜が一呼吸おいて再び口を開いた。
「驚くな。そして落ち込むな。いいな。……単刀直入に言うと厄の元凶はお前だ。お前はデータの一部が破損している神なんだ。お前は勝手に体の中でプログラムを改造し、自ら貯め込んだ厄を現世に放出している……。それがあの厄だ。」
ルルの持っていた箸が音を立てて机に落ちた。
「……え……?意味わかんないよ!わ、私……そんな事知らないよ!本当だよ!」
ルルは顔色を青くして逢夜に必死で声を上げた。
「わかってるよ。……お前は無意識にやっているんだ。夜、寝ている時とか……な。」
「……っ!わ、私の……せい……?」
ルルは恐怖で震えた。無意識に世界を汚している……と考えた時、ルルは申し訳ない気持ちと自分がこれからどうなってしまうのかという恐怖が混ざり合った。
「……どうしよう……私……どうすればいいの?私が人間の厄を取り込もうと頑張った事はただの迷惑だったって事?じゃ、じゃあ……私が頑張っていた仕事は……。私の存在理由は……。」
ルルは頭を抱えて泣き始めた。涙は先程の涙とは違う、重く悲しい涙だった。
「ルル……だから落ち込むなって言っただろ。その件について俺は同じKの使いの姉弟に助けを求めた。そして俺も……お前を全力で助けるつもりだ。」
逢夜はルルを元気づけるために声をかけたがルルはすべてに気が付いていた。
「……そっか。だから逢夜はあの時辛そうな顔をしていたんだね。私はもうこの世界にいてはいけない存在だから……逢夜が私を……。」
「……そのつもりだった事は認める。だが俺はルルを殺せなかった。」
逢夜はすっと立ち上がるとルルのそばに寄った。ルルは逢夜を弱々しい瞳で見つめると小さくつぶやいた。
「……神は目的のために存在しているの……私には……今、その存在理由がない……。このまま人間に迷惑がかかるならいっその事……。」
「そんな事言うんじゃねぇよ!馬鹿!俺の話聞いていたか?俺達が何とかしてやるって言ってんだろ。」
ルルの否定的な言葉に逢夜は鋭い声で言い放った。
「何とかできないかもしれないんでしょ……?その時は……逢夜が私を殺す?でも……逢夜なら……いいかな……。」
顔を手で覆うようにして泣いているルルを逢夜は優しく抱きしめた。
「何とかする。だから落ち着け。何とかできなかったらまた何とかする方法を考えてやる。俺はお前に絶対手を上げない。何としても助けてみせる……。だから……安心しろ。」
逢夜はルルをしっかりと抱きしめ、そっと頭を撫でた。
「私……死にたくないよぅ……。」
ルルの体の震えはさらに強くなり、大人げなく逢夜にしがみつくと大声で泣いた。
逢夜はルルの泣き声の大きさを注意しなかった。ルルが落ち着くまで優しく頭を撫で続けた。




