視界の月夜四話1
「……逢夜……どうした?厄の原因はわかったのか?」
逢夜と同じ銀髪の少女が鋭い瞳を逢夜に向けていた。逢夜は和風の大きな家の一室で正座をし、少女を見つめた。
「千夜お姉様……ま……まだ見つかっておりません……。申し訳ありません。」
逢夜は銀髪の少女に丁寧に答えると頭を下げた。この銀髪の少女、千夜は子供のような身長しかないが年齢は逢夜よりも四つほど上だ。男として育てられたため、着物に袴と男装をしている。
歳が上といってももう霊体。今は無限霊魂の世界、弐の世界、別名視界で五百年近く生きている。生きているが宇宙空間内の人がイメージする世界に存在しているだけなので時間も実態も何もない。
「お兄様、どことなくお辛そうですが何かわたくしどもがお力になれることはございますか?」
銀髪の少女、千夜の隣に座っていた同じく銀髪の眼鏡をかけた青年が逢夜に向けて心配そうに声をかけていた。この青年は逢夜と双子のように似ていた。ただ、右目が見えないのか右半分を髪で覆っている。そして長い髪を後ろで大ざっぱにまとめていた。
「更夜お兄様、逢夜お兄様は何かに心を痛めているように思います。」
更夜と呼ばれた銀髪の青年の隣に小さく縮こまっていた銀髪の可愛らしい顔つきの少女が控えめに声を上げた。
「憐夜、俺もそう思っていたんだ。お兄様はなんだか辛そうだな。」
更夜と呼ばれた青年は隣でビクビクしている可愛らしい顔つきの少女、憐夜を優しく撫でた。
この銀髪の一族は四人兄妹だ。生きていた頃は異端な甲賀望月家として忍の中では群を抜いていた一族である。修練、上下関係が非常に厳しく、何かミスを起こすと拷問めいた仕置きを受けなければならない。それでかなりの兄弟の確執が出ていた。
一番下の妹、享年十歳の憐夜は未だに兄姉に恐怖を抱いており言葉はぎこちないが視界にきてからの兄姉の優しさに触れ、少しずつ心を開いてきていた。
この闇を抱えた一族は死んで視界(夢幻霊魂の世界)に来てから和解し、視界(夢幻霊魂の世界)の時間を守る時神の世界で『Kの使い』として姉弟ともども仲良く暮らすようになった。
これに関しての記述が知りたいのならばTOKIの歴史書、『ゆめみ時…』部分を開くと良いだろう。
「更夜、憐夜……俺、そんな辛そうな顔をしているように見えるか?」
「……はい。」
逢夜の問いかけに更夜と憐夜は同時に答えた。
「……やっぱり家族には隠せないか……。……お姉様も聞いていただけますか……?」
「かまわん。聞く。私も力になりたい。」
逢夜は千夜の言葉を聞き、再び頭を下げると迷ったように口を開いた。
「……実は厄の根源はもう見つけているのです。しかし、その根源が今年十七になったばかりの少女で……その少女は厄神なのですが……その……システムエラーのため消去しなくてはならない存在で……。」
逢夜は姉弟の顔色を窺いながら逢夜らしからぬ切れのない声で小さく答えた。
「ふむ……。そういう事か。つまり、お前はその厄神の消去ができず、ここに戻ってきたわけか。」
「申し訳ありません……。」
千夜の鋭い声に逢夜は震える声で謝罪した。
「仕方あるまい。……もう私達は手を血で染める事はない。お前にも人間の心が戻ってきているようで私は嬉しい。」
千夜は鋭い声とは裏腹、逢夜をとても心配しているようだった。その後、馬鹿丁寧な言葉遣いで更夜が声を上げた。
「……お兄様のお気持ちはわかりました。わたくしがお兄様の立場でもその少女に手は上げられなかったと思います。別の方法でなんとかできるようわたくしも尽力致します。」
逢夜の弟、更夜は冷たい表情のままだったが本心は兄の逢夜の気持ちをくんでいた。
「お兄様!私も頑張ります!ええと……なんでもお申し付けください!」
憐夜は兄、姉に負けぬよう頑張って声を張り上げた。
「憐夜、気持ちは嬉しいが憐夜は最近やっとできたお友達と遊んでていいぞ。俺に付き合う必要はねぇ。あ……それからそろそろお兄ちゃんって呼んでくれねぇかな……?」
逢夜は憐夜を愛おしそうに見つめながら優しく答えた。
「お、お兄ちゃん!?そ、それはちょっと……。」
憐夜が言いよどんでいると千夜が呆れたため息をついた。
「それならば逢夜……更夜も憐夜もなぜ誰も私の事をお姉ちゃんと呼んでくれないのだ。姉貴でもいいぞ。」
「そ、そんな事は言えませぬ!」
逢夜と更夜は同時に千夜に声を上げた。
「お、お姉ちゃん……。うん、お姉ちゃんだったら怖くなく言えるかも。お姉ちゃん。」
その時、小さな声で憐夜が千夜を呼んだ。
千夜はパッと顔を明るくすると憐夜に抱き着いた。
「憐夜、やっと私の事をお姉ちゃんと……。よし、もうこんな堅苦しい会話形態はやめだ。……逢夜、この件は私達が頑張って他の道を探してみる。だからお前はその厄神の少女を監視していろ。」
「はい。ありがとうございます。お姉様。」
逢夜が千夜に深く頭を下げたが千夜は憐夜をくすぐる事に集中しているようだった。
「あははは!お姉ちゃん!くすぐったいよ!」
「憐夜はここが弱いのか?ん?ほれほれ。」
「あはははは!やめてー!」
逢夜は楽しそうな憐夜と千夜を眺め、軽くほほ笑むと立ち上がった。
「やっぱり女同士だと楽しそうだな。俺も早く率先して『お兄ちゃん遊んで!』とか言われてみたいぜ。」
「同感です。」
逢夜の言葉に更夜はぶっきらぼうに答えた。
「お前が俺に『お兄ちゃん、遊んで!』で言っても遊んでやるからな。」
「い、いえ……それは遠慮しておきます。」
「冗談だよ。」
戸惑っている更夜に逢夜はいたずらっぽい笑みを浮かべると障子戸を開けて部屋から去っていった。




