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視界の月夜三話3

 「で?どういう事だ?」

 逢夜は鋭く院長を睨みつけると低い声で尋ねた。


 「まず、順を追って説明するよ。……あの厄は弐(視界)の世界の厄だ。それは知ってるよね。」

 「ああ。」

 院長は逢夜の返答に頷くと続きを話し始めた。


 「視界がなぜ俺の所で開くのか。それは俺が厄除けの神だからだ。視界でたまった厄が何らかの事象で外に出てくる時、俺に浄化させようとシステムが動くらしい。それで俺のところで視界から現世への扉が開く。」


 「……つまり、あんたが視界の扉を開け閉めしていたわけではないと。」


 「そういう事だよ。勝手に俺の元で視界が開くだけだ。それで視界の厄が現世に出てきても俺は現世の厄しか処理できない。視界から発生した厄は俺を通り過ぎて浄化されずにそのまま現世を浮遊していくってわけさ。」


 院長がため息交じりに逢夜に言い放った。


 「それをなんで俺に言わなかったんだ。下手したらお前は罪に問われるぞ。世界のシステムKが動いてんだ。高天原の奴らが黙っちゃいねぇだろ。」


 逢夜が再び鋭い声を上げたので院長は肩をすくめると迷ったように話し始めた。


 「……言えなかったんだよ……。言ったらなんで視界が開いて厄が飛び出してくるのかを説明しないといけないでしょ。君が『何らかの事象で……』で納得するわけないし。」


 「お前はその事象も知っているんだな。」

 「……ああ。知っている……。だけど言いたくない。」

 院長は暗い顔で下を向いた。


 「言え。……この医院に住んでいるのはお前だけではないようだな。中に人間の女の気配がするぜ。嫁か?あと……ガキの気配も……。」

 逢夜の発言に院長の顔色が変わった。


 「俺の家族には手を出すな……。手出しをすればKの使いであろうと許さない。」

 院長は赤い瞳で逢夜を睨みつける。


 「馬鹿だな。お前の家族を傷つけようって考えじゃねぇよ。言わなけりゃあ、お前が家族を不幸にするんだぜ。お前は高天原へ連行され、罰を受けるだろう。」


 逢夜が諭すように院長に言った。院長は苦しそうな表情を浮かべながら「話す……。」と小さい声でつぶやいた。


 「原因はルルだ。」


 「……!なんだと。」

 突然の院長の発言で逢夜の目が一瞬見開かれた。


 「あの子が厄神なのは君も知っているだろう?」

 「ああ、知っているぜ。」


 「あの子は厄のコントロールができなくなった厄神なんだ。つまり……データが破損しているんだよ。


 神も人間もこの世に生きるものは眠る時に肉体からエネルギー体が離れて弐の世界……つまり視界(夢幻、霊魂の世界)に行く。そして自分で作りだした世界を周り、満足するとエネルギー体が肉体に……現世(壱の世界)に帰っていく。そういう仕組みだったよね?」


 「……そうだぜ。それがどうしたんだよ?」

 逢夜は腕を組みながら話の続きを待った。


 「……ここまで言っても気が付かないの?あの子も寝ている時は視界(夢幻、霊魂の世界)に行くだろ。ルルが処理できなかった厄がルルが創り出した視界で膨れ上がるんだ。


 普通の厄神ならば現世に厄が多くなりだしたらプログラムが発動して自身の体で厄の取り込みをして、細かくエネルギーに変えて浄化させる。だけど、ルルの場合、取り込むことはできても処理ができない。


 つまり、取り込んだ厄は行き場を失ってルルの視界(夢幻、霊魂の世界)内に現れるんだよ。


 ……えーとね、現世の厄を視界(夢幻、霊魂の世界)に送るというプログラムを彼女は自分を保たせるために勝手に作ってしまったって事。本神はきっと自覚していない。


 ルルが目覚めるとルルの視界(夢幻、霊魂の世界)内で浮遊していた厄がルルのエネルギー体と共に現世(壱の世界)に戻ってくる。ルルが創り出した視界を回ってきている厄なのでルルのイメージ通りの厄が現世に現れるわけだ。」


 「……なるほどな。システムのバグでデータの一部が破損をしてしまったルルのせいで実態イメージを持つ厄が出てきたってわけか。」

 院長の説明に逢夜は複雑な表情を向けた。


 「これを知ったら、君はルルを消去するだろう。あの子はまだ現世に現れてから十七年しか経っていないんだ。だから突然のシステムの破損だとはいえ、かわいそうで……。」


 「……そうとわかれば俺はルルを消去するしかない。世界のバランスを崩すわけにはいかねぇんだよ。」

 「君、辛そうな顔をしているね……。」

 院長は逢夜のはっきりとした表情を読み取り、目を伏せた。


 「……いや、大丈夫だぜ。もう慣れてる。……お前はもう家に帰っていい。もう一度ルルのシステムの解析をしてお前の言った事が本当だとわかったら……消去する。」

 逢夜はそれだけ言うと湖を眺めているルルの背中をじっと見つめた。


 ……いままで厄を追う事に夢中でまさかこの子が原因だったとは知らなかったぜ。システムの解析をはじめからしていれば……情がないまま殺せたかもしれねぇのにな……。


 逢夜はルルのシステム解析を開始した。逢夜の体から緑の電子数字が飛び、ぼうっとしているルルのまわりを廻る。この数字は逢夜にしかみえていないようだ。しばらく周りをまわっていた数字は緑色から突然赤色へと変わり、警告音と共に0200の数字を表示していた。


 「……コード『0200』……。深夜二時……。システムエラーだな。丑三つ時にルルのエネルギー体(魂)は視界(夢幻、霊魂の世界)に入り、厄の処理ができないために改造コードの『現世の厄を視界に持ち込む』を実行して、目覚めてから視界内で増えた処理できない厄を現世に再び放出する……か。あいつの言ってた事は正しい。」


 逢夜は忍だった頃の冷酷な顔に戻ると手から小刀を出現させた。


 ……俺は忍だった頃は暗殺を生業にしていた。里を逃げた実の妹も容赦なく殺した……。


 ……だから問題はない。


 ……いや、俺はもう忍はやめたはずだ……。現世に生きていた時の事はもう関係ないはずだ……。妹とも和解した……。だから……あの子を殺す必要は……。


 逢夜はルルに近づきながら心が揺れていた。小さなルルの背中はどこか悲しそうで逢夜をかなり戸惑わせた。


 そんな心の迷いがあってか逢夜の動きが鈍く、ルルに気が付かれた。

 ルルは満面の笑みで逢夜を振り返った。


 「あ!……ねえ、見て逢夜、この湖、月が映るととてもきれいなの!ロマンチックだね。」


 ルルは嬉々とした声で逢夜を見つめた。逢夜は慌てて小刀を手から消した。


 「え?あ……そ、そうかよ。た、確かにきれいだな……。」

 「あの……お話は終わったの?どうだった?何かわかった?」


 ルルはまったく自分の事がわかっていないようで無邪気に笑ったが逢夜の表情を見て顔を曇らせた。


 「逢夜……?どうしたの?なんでそんなに辛そうな顔なの?……ねえ、私も逢夜の手助けをしたいの。だから困った事があったら何でも言っていいよ。色々と助けてもらったし……。」


 ルルは心配そうに逢夜を見上げると逢夜の手を優しく握った。


 「ね?」


 「……あ……ああ。」

 逢夜は忍の本能を忘れ、何とも言えない顔でそっとルルの手を握り返した。

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