視界の月夜三話2
しばらくして「じゃあ、行くか。」と逢夜が歩き出したのでルルも慌てて逢夜を追いかけた。
「あ、あの……場所は……。」
ルルが逢夜を追いながら恐る恐る尋ねた。
「ああ、俺は一回、例の厄除け神に会いに行っているんだ。だから場所はわかるぜ。この近くだ。……あの男、自分は関与してないって言っていたんだが、思い切り関与してやがったな。」
ルルの質問に逢夜は丁寧に答えた。
しばらく海沿いの道を歩き、田んぼが広がる道へと出る。現在は夜の八時過ぎ。あたりは真っ暗で街灯の一つもない。
逢夜は慣れているのかスイスイ歩いて行くがルルはこの真っ暗な道が少し怖かった。
田んぼ道を過ぎ、山道へ入るとルルの恐怖はとたんに膨れ上がった。少しの音にも、葉がかすれる音にも肩を震わせて飛び上がった。
前を歩く逢夜が震えているルルに気が付き、そっと手を握ってやった。
「怖いのか?」
逢夜が尋ねるとルルは心配かけまいと思ったのか首を横に振った。
「だ、大丈夫……。こ、怖くなんてない。」
ルルが震える声でそう言った刹那、鳥の鳴き声が遠くで響いた。
「やっ!」
ルルはビクッと肩を震わせると小さく声を上げた。
「やっぱ、怖えんじゃねぇか。わかったよ。……ほら。」
「……え?」
逢夜はルルを軽々と抱き上げると太い木の枝に重力を感じさせないような脚力で飛び乗る。そのまま木から木へと飛び移りながら疾風のごとく走り抜けた。
「これなら怖くねぇだろ。」
「ひぃい!こ、これはこれで怖い!」
ルルは下を見ないようにしながら青い顔で逢夜の肩をぎゅっと掴んだ。
「……ほら、上を見てみろ。」
「……え?」
逢夜に言われ、ルルはふと上を見上げた。逢夜は木々のかなり上の方を飛んでいた。
空には木々で隠れて見えなかった明るい月ときれいな星が輝いていた。
「あ……。」
「ほら、明るいだろ。暗闇は人の心を恐怖に陥れる。ルルは神なのにずいぶんと人間臭いんだな。」
逢夜はほほ笑みながらルルに言った。
「か、神だって人間と同じ心を持っているから。だって私達のような神は人間から作られたし……。あ、あの……ありがとう……逢夜。」
ルルが顔を赤らめながら逢夜にお礼をした。
逢夜は軽く笑うと走るスピードをさらに上げた。まるで風のように逢夜は駆け、気が付くとルルは地面に足をつけていた。
「……着いたぜ。」
「……あ、あれ?」
あまりの速さにルルは首を傾げた。いつの間にやら目的地に着いていた。逢夜がどうやって走ってきたのかもよくわからなかった。
目の前には小さな歯科医院が建っていた。周りは木々で囲まれており、少し先にスワンボートがある湖が見えた。
こんな山奥の歯科医院に果たして患者さんが来るのか疑問だったが歯科医院自体がきれいに手入れをされていたのでとりあえず、つぶれてはいないようだ。
医院兼自宅になっているらしい歯科医院は奥の方だけ明かりがついていた。おそらく奥が自宅なのだろう。診察はもう終わっている。
逢夜が裏の玄関の呼び鈴を押そうとした時、すぐに黒髪短髪の若い青年が出てきた。
「なんかの気配を感じると思ったら君か。また来たのかい?だから俺は何にも知らないって言ってるじゃないか。」
厄除けの神らしい青年は逢夜を見て弱々しく声を発した。
「それはもう通じないぜ。あんたの歯科医院で頻繁に視界(夢幻、霊魂の世界)が開いてんだろ?なんか知ってやがるな。」
逢夜の顔はルルが知っている優しい逢夜の顔ではなかった。厳しく鋭い声で青年を責め立てている。
「知らないってば……。ん?君は……。」
厄除けの神の青年院長は不安げな顔でこちらを見つめているルルに気が付いた。
「そうか……。君が来てしまったか……。ではもう隠せないな。」
「……?」
院長の意味深な言葉を逢夜は顔には出さなかったが不思議に思った。
「ルルちゃん……だよね。」
「……え?そ、そうだよ……。なんで知っているの?」
院長に名前を呼ばれ、ルルは驚いた。彼とは初対面だ。関わった事もない。
「……ルルちゃん、君はちょっとそこの湖でも眺めてて。俺はこの銀髪のお兄さんとお話をしないとならない。」
院長は逢夜をちらりと見るとルルに優しくほほ笑んだ。
「……私はお話を聞いてはいけないの?」
「うん。できればね。」
院長の瞳が赤く輝くのを見、ルルはビクッと震えると小さく頷いた。
「わ、わかった。そこの湖を眺めているね。」
「ごめんね。今宵は月がきれいだからこの湖もきれいだよ。」
「うん。」
ルルは訝しげな顔のまま、湖の方面へと歩いて行った。




