視界の月夜三話1
「で……?お前らはこれから俺の部下に会いに行くと?」
みー君は逢夜とルルを眺め、首を傾げた。
「あんたの部下なのか?」
逢夜は銀髪を揺らしながらみー君に鋭い視線をぶつけた。
「ああ。俺の部下だな。別に行くのは構わないがあいつは優しい男だ。厄を集める事なんてしないと思う。だいたい今は厄除けの神だからな。」
みー君は橙の髪を手で流すと頭についていた赤い鬼の面をつけた。
「とりあえず、情報だけでも入手することにするぜ。関わっていなくてもあんたの発言じゃあ、一枚かんでるだろ。」
逢夜がため息をついた刹那、またも黒い塵のようなものが集まってきた。
「また出やがったか。」
逢夜が舌打ちをした。
「おい!ありゃあなんだ?」
みー君は集まってくる黒い塵に戸惑いの声を上げた。
「お、逢夜……まさかあれ……。」
逢夜の近くで縮こまっていたルルが逢夜の着物の袖を引っ張りながら怯えた声を上げた。
「……ああ、昨日のやつと同じ、厄だ。」
逢夜の言葉にみー君が驚きの声をあげた。
「厄……こりゃあ本当にすごい量だな。」
暗くなっていく海辺には現在人間はいない。黒い塵は徐々に集まり、ヘドロのようなものを形成していた。
「逢夜……なんか前と形が変わっているよ!」
ルルは震えながら逢夜の腕にしがみついた。
「だな……。今回は液体状になってやがる。」
逢夜は素早くルルを抱き上げると飛び上がった。
「きゃあ!」
ルルが叫ぶのとヘドロが鞭のようにしなって襲ってくるのが同時だった。
「うるせぇ。騒ぐな。」
「ご、ごめん……。」
逢夜に鋭く叱られ、ルルはしゅんとしながらあやまった。
「俺は忍だから耳がいいんだ。耳元ででけぇ声出されると頭が痛くなる。」
逢夜はルルに話しかけながらヘドロの鞭を避けていく。タッ、タッと規則正しく地面に足をつける音が響く。その後に砂を巻き上げながら太い鞭の重たい音が襲ってくる。
先程まで塵のようだったのに今は伸ばしたゴムのようだ。
逢夜は同じく鞭を避けていたみー君の横に着地した。ヘドロと距離をとる。
「なんだありゃあ……厄が物体になってるなんて信じられないな……。」
みー君は目を丸くしながらヘドロを眺めていた。
「ああ、普通じゃねぇんだよ。だから世界のシステムを管理しているKの使いがこうしてなんとかしようとしてるんじゃねぇか。」
逢夜はルルをその場に下ろすと手から刀を出現させた。
「あんたはルルを守っててくれ。俺はあれの処理をする。」
逢夜は刀をヘドロに向かって構えた。
「おい、お前、剣術ができるのか?」
「……そこそこ……だな。弟の更夜には負けるが。」
戸惑うみー君にそう言い放つと逢夜はすぐにその場から消えた。
みー君とルルが慌てて目で追うと逢夜は一瞬でヘドロのそばまで来ていた。刀で鞭を切り刻んでいく。
ある程度ヘドロに近づいたら刀を消し、代わりにクナイを手から出現させた。その後、逢夜は的確にクナイを等間隔で投げた。クナイは五芒星を描くようにヘドロを中心に砂浜に刺さった。
「コードは2030……また深夜二時のコードだ……。世界の管理プログラムにアクセス……『消えろ』。」
逢夜が呪文のように言い放つとクナイから白い光が飛び出し、ヘドロを跡形もなく消した。
「……ふぅ……。」
逢夜は深いため息をつきながらルル達の元へと戻ってきた。
辺りは元の状態に戻り、静かに波が打ち寄せていた。
「すげぇな……。あれだけの厄がこんな簡単に消えちまうなら俺達、厄神、厄除けの神はいらないな。」
みー君は戻ってきた逢夜に目を丸くしながらつぶやいた。
「いや、あんたの話だと頻繁に視界(霊魂、夢幻)の世界が開いたって言ってただろ。あの厄は視界から出てきたもののようだ。あんた達はこの現世の厄のコントロールが仕事だ。弐の世界……えーと視界は関係がない。つまり、あの厄は視界に住む俺ら、Kの使いが処理する厄という事だ。」
逢夜はみー君にため息交じりに答えた。
みー君は何かを考えるそぶりを見せていたが目線を逢夜に戻し、再び口を開いた。
「……じゃあ、この件はお前に任せた方がいいって事だよな。」
「ああ、そうしろよ。」
みー君の問いかけに逢夜は小さく頷いた。
「そうか。じゃあ、俺は干渉しない。だが、何かあれば手伝うぞ。俺はこの辺にいるからな。」
みー君はそう一言だけ言うと風となり消えていった。
「消えちまったか。さすが風だな。」
逢夜はふうと息を吐くと隣で縮こまっていたルルに目線を合わせた。
「逢夜、こ、これからその歯科医院行く?」
ルルは不安げな顔で逢夜を見上げていた。
「ああ。そのつもりだ。ルルはどうする?帰るか?」
「え?あ……わ、私も行く!」
ルルはまだ逢夜と離れたくなかったので意気込んで声を上げた。
月が出始めた海はとても静かでルルの声はかなり響いた。ルルは声が大きくなってしまった事を気にし、下を向くと「ごめん……。」と小さくあやまった。
「ああ、今のは平気だ。……まったくしょうがねぇなァ……。いいぜ。一緒に行くか。」
逢夜はため息交じり言うとルルの頭をそっと撫でた。
ルルは顔を真っ赤にし、ただただ、白い砂浜を見つめていた。




