視界の月夜二話1
ルルは鳥の鳴き声で目覚めた。
「ん……あれ?」
ルルは寝ぼけた顔で起き上がると窓から外を眺めた。外は明るく、日差しが暑いくらいに部屋に入ってきている。
「……あれ?私、いつ寝ちゃったのかな……。」
ルルは知らぬ間に布団の上にいた。ルルは唸った。
「ていうか……昨日、家帰ってきて……それから……。」
昨夜、布団を敷いて眠った事さえ思い出せない。
しばらく茫然としていたが、昨夜逢夜を家に上げた事を思い出し、慌てて立ち上がった。
「そ、そうだわ!逢夜はどこ?」
「でけぇ声出すな。ここにいるぜ。」
ルルが叫んだ刹那、すぐ近くで逢夜の声がした。
ルルが声の聞こえた方を向くと、逢夜が何かしらの本を読んでいるのが目に入った。
その本は連なって置いてあった本達の一冊でほとんど高天原産の本だった。ルルは内容のほとんどが理解できず、本を高天原からもらったまま、読むことなくこうやって部屋の片隅に積んでいた。
高天原産の本は皆、現世の紙の本とは違い、人間の目には映らない数字の塊で形を保っている夢幻本だった。
「それ……私の本……。」
ルルは逢夜がいた事にホッと胸を撫でおろすと小さくつぶやいた。
「ああ。ちょっと借りて読んだ。俺は視界では寝られるが現世じゃ寝られねぇからな。暇だったんだ。それから、あんたはよく寝てたな。」
「そ、そうだ。私、なんで寝ちゃったの?寝た記憶がないの。」
逢夜に言われて思い出したルルは不安げに逢夜を仰いだ。
「あんたは昨日、俺を呼び止めた後、散らばってた洗濯物に足を引っかけて盛大に転んだんだぜ。それから気を失っちまったから慌てて損傷がないか見て、軽く処置をして様子見ながら布団引いて寝かせたんだ。見た所、元気そうだな。良かったぜ。」
「え……?」
ルルは目を丸くして逢夜を見た後すぐに、だんだんと鈍い痛みが後頭部に広がっていくのを感じた。
そっと頭に手をやるとタンコブができていた。そして枕を見るとまだ新しい氷水が袋に入って置いてあった。
「あ……もしかして……夜中ずっと氷水変えてくれてたの?」
「ああ、そうだよ。わりぃな……。冷蔵庫にあった氷、昨日でほとんど使っちまった。」
ルルは逢夜の優しさにとても感動した。
……昨日会ったばっかりで勝手に行かないでって引き留めて、勝手に自分でこけて彼に介護させてたの?私……。
「ご、ごめんなさい。それとありがとう!」
ルルはまた胸が高鳴ってくるのを感じた。
「いいぜ。頼むから落ち着いて一つ一つの動作をしてくれ。俺、あんたから目が離せなくなるだろ。あ、変な意味じゃねぇぜ。」
「う、うん……。わかってるよ……。これからは気を付けるね。」
「そうだぜ。頼むぜ……。あんたが昼まで寝てるから天御柱神がいる神社に着くのは夕方になっちまうぜ。」
「ご、ごめんなさい……。」
ルルはしゅんと肩を落としたが逢夜は別に不機嫌な態度をとっているわけではなかった。
「あ、それから、洗濯物、たたんどいたぜ。」
逢夜は優しい笑みをルルに向けた。
昨夜、散らばっていた洗濯物は丁寧に端の方にたたまれて置いてあった。
「な、なんかごめんなさい。本当に……。」
「いいよ。俺も勝手にたたんじまったしな。んじゃ、飯食ってから行くか。お前、腹減ってんだろ。昨日買ってたその弁当でも食え。待っててやるから。」
「あ、ありがとう……。」
ルルは辛うじて返事をすると近くの小さな机に置いてある野菜弁当を開けながらなんだか申し訳ない気持ちになった。
自分の勝手で彼に迷惑をかけている……ふつうだったらイライラするかもしれない。でも彼はまったくそういうそぶりを見せない。
……優しい人なんだね……。
ルルは少しでも迷惑がかからないように弁当を高速で平らげた。
咀嚼しながら逢夜を一瞥する。逢夜はまた本に目を落としていた。
……本が好きなのかな……?そ、それから洗濯物に下着がなくて良かった……。
ルルは顔を赤らめながら野菜弁当を飲み込んだ。
「お、オッケー!食べた!」
「ん?はええな。そんなに早食いしないでもいいんだがな。現地に着くのが夕方になるのは変わらねぇが、この本におもしれぇ事が書いてあったぜ。ちょっと見てくれ。」
逢夜がルルの早食いに驚きつつ、読んでいた本を見せてきた。
「え?」
「ほら、この世界に通っている電車ってのがあるだろ?それの神用の電車があるんだとよ。俺にはよくわからなかったんだが、東京メトロ千代田線とかいう地下鉄の表参道という駅から通っているそうだぜ。現世に存在してるあんたならわかるだろ?」
「東京メトロ千代田線の表参道駅は知っているけど、神用の電車はちょっとわからない。」
頭を抱えているルルを眺めながら逢夜は小さく頷いた。
「そうか。ま、とりあえずこれを使ってみたい。これを使うと人間が使う電車よりも早く着くと書かれているんだ。」
「へ、へえ……。い、いいよ。表参道駅ならよく通るから行けるよ。」
ルルはそんなことが書いてあったのかと感心しつつ、少しでも逢夜の力になれるように表参道駅に案内することに決めた。
「助かるぜ。んじゃ、よろしくな。」
逢夜は本を閉じて大きく伸びをするとルルを見て再びほほ笑んだ。
ルルはまた逢夜の笑顔で胸が高鳴っていくのを感じていた。




