視界の月夜一話3
知らない内に丘を登っていたようで丘の上に景色が見渡せるアパートが建っていた。
「ふーん。」
逢夜はなんだか不思議そうな顔で二階くらいしかないアパートを見上げた。
「この辺は丘の上にある住宅街なの。静かでいいところなんだよ。」
「ほお……。現世はこんなにも住宅が変わったのか。視界内ではどっかの人間の心の世界でよく見る建物だが、本当にあるんだな。驚いたぜ。」
「え……?」
逢夜は場所に驚いていたのではなく、建物自体に驚いていたようだ。
「あ、いや、何でもねぇ。」
「そ、そう?」
ルルは特に気にせずにアパートの一階の端っこのドアにカギを差した。
そしてドアを開けて恐る恐る逢夜を案内した。
「そんなビビんなって……。何もしねぇって言ってんだろ。」
「い、いや……その……汚いから……。」
「物が多いだけで大して汚れてねぇじゃねぇか。気にすんなよ。まあ、そこに散乱している洗濯物はタンスか何かに入れた方がいいとは思うけどな。」
逢夜は部屋を見回してほほ笑んだ。しかし、ルルはまたも戸惑った。
「あ、あのぅ……まだ電気つけていないから真っ暗だと思うんだけど……み、見えるの?」
まだ部屋の電気をつけていないのだが逢夜が的確に物の場所を把握しているのでルルは目を丸くしつつ、逢夜を仰いだ。
「夜には慣れているからな。暗闇は基本なんともないぜ。目を瞑っていても物の場所は把握できる。ただ、何かはわからないけどな。目が使えるんなら明るかろうが暗かろうが関係ねぇよ。」
「す、すごいね……。」
逢夜の発言に驚きつつ、ルルは手探りでスイッチを押した。電気がつき、部屋がはっきりとわかるようになるとルルは頬を赤くしてうつむいた。
「や、やっぱり汚い……。」
「だから大丈夫だって。それよりも厄神マップとやらを出してくれ。」
「う、うん。」
逢夜に急かされルルは慌てて厄神マップを探し始めた。
「あれー……どこいったかな……。あ、あった!」
ルルが高く積まれている本の下の方を引っ張った。
「お、おい……あぶねーぞ!」
逢夜が声を上げたのと上に積まれた本が落下してくるのが同じくらいだった。
「や、やばっ!」
ルルは咄嗟に目を瞑った。重たい本が床に落ちる大きな音が響く。
「ひぃいい!」
「おい。うるせー。」
ふとルルの間近で逢夜の声がした。ルルがビクビクしながら目を開けると逢夜の顔がすぐ近くに会った。ルルはなぜか逢夜にお姫様ダッコをされている状態だった。
「あっ……。」
「間に合って良かったぜ。あれが当たってたら痛ぇじゃすまねぇぞ。」
逢夜はルルを抱きながら床にバラバラに落ちている重そうな本の束を指差した。
「た、助けてくれたの……?あ、ありがと……。」
「俺が急かしちまったからな……。ゆっくりでいいからお願いな。」
逢夜の優しいほほ笑みと低く深みのある声にルルの胸がまた激しく高鳴った。
……やだ……ドキドキする……。どうしちゃったの?私。
なぜだか火照っている頬を覚ますように両手を顔に当てた。
「大丈夫かよ?」
「だ、大丈夫。大丈夫だから……。」
逢夜はルルをそっと下した。ルルは動揺しながら厄神マップと書かれている地図帳を震える手で持ち上げた。
「あ、あの……これ……。」
ルルは頬を真っ赤に染めながら厄神マップを開いた。
「お、おう……ほんとに大丈夫か?ルル……。」
「だい……大丈夫!」
逢夜に「ルル」と名前を呼ばれるのもルルをなぜか上気させていた。
ルルは会って間もない逢夜を完全に意識してしまった。それに気づかないようにごまかすようにルルは説明口調で話し始めた。
「え、えっと、天御柱神は今、百二十ページ辺りにいるみたい。だから……海辺近くの運命神が祭られている神社のとこに……。」
ルルが地図帳のページを開き、天御柱神と書いてある文字をタップした。
すると本が電子媒体に変わり、追跡システムのような細やかな地図が現れ、ターゲットが赤の点滅となった。
「すげぇな……。なるほど、えーと、天導神の神社だな。助かったぜ。じゃあ、俺は今すぐ向かう。ありがとな!迷惑かけた。」
逢夜は軽くほほ笑むとルルに背を向け、歩き出した。
その時、ルルにこんな感情が生まれた。
……こ、このまま出て行っちゃったら二度と会えないかもしれない……。
「ま、待って……。」
気が付いたら逢夜の腕を掴んでいた。
「ん?どうした?」
「い、行かないで……。」
ルルはなんだか泣きそうになっていた。理由はわからない。
「行かないでって……一体どうしたんだよ?」
「ち、違った。一緒に行く。うん、一緒に行くよ!」
戸惑っている逢夜をルルは必死のまなざしで引き留めた。
「一緒に行くって……俺に付き合う必要ねぇぜ?女に夜道を歩かせたくねぇし……。」
「いいから!お願いだから!」
ルルのお願いはどんどん強くなっていく。逢夜はルルが突然、どうしてこんなに積極的になったのかよくわからなかったがなんだか放っておけなかった。
「……そ、そうだな……。今から厄神の元締めに会いに行っても非礼か。よし。明日向かう事にするぜ。あんたが嫌だって言うならやめるが……これも何かの縁だ。今夜、泊まらせてもらってもいいか?」
逢夜がルルに困惑した顔を向けたまま、尋ねた。
「うん!いいよ!泊まってって!それで明日、一緒に連れてってね。」
ルルは泣きそうな顔から一転、輝かしい笑みを浮かべて元気に答えた。
「一体、何があったんだよ?あんた……。」
「わ、わかんないけど一緒にいたいの……。」
逢夜とルルはお互い首を傾げた。




