視界の月夜一話2
「……。あの厄は現世に生きる人間には見えねぇから存在を知られる事はねぇが……万が一、この世を生きる人間達にあれが襲いかかったらけっこうまずいことになる。」
逢夜はため息をつきながらルルに言った。
「た、確かに……あんなにたくさんの厄が人についたらと思うとゾッとするね……。」
ルルは顔を強張らせ、逢夜を仰いだ。
「そういうわけだ。で、ルルに聞きてぇ事がある。」
「な、何?」
「あんたの知っている厄神で神力が高そうな神の居場所を知りたい。」
逢夜に問われ、ルルは唸りながら考えた。
そして一神の名を口にした。
「天御柱神……かな。場所は知らないけど私の家にある厄神マップに居所が書いてあるかもしれない。」
「なんだ?その厄神マップってのは?」
「高天原から支給されたんだけど、地図帳みたいな本でね、その本に登録されている厄神はリアルタイムで場所の把握ができるんだよ。だけど、検索がめんどくさくてあんなの物好きしか見ない。」
ルルは逢夜に丁寧に説明した。
「なるほどな。その天御柱神って名前の神はけっこう簡単に見つかんのか?」
逢夜はさらに質問を重ねる。
「簡単も何もその神が厄神の頂点。検索したら一発で出てくると思うよ。」
「悪いがその神を探してもらえねぇか?」
「え?い、いいけど……厄神マップはうちにあって……その……。」
ルルは逢夜の言葉に少し詰まった。
「……ああ、大丈夫だ。なんもしねぇから家に入れてくれ。」
ルルの戸惑いが知らない男を家に上げる事だと気が付いた逢夜は安心させるため優しくほほ笑んだ。
逢夜の笑顔にルルはまだ会って間もないというのに胸が高鳴っていた。
……この人……笑顔がかわいい……。何かしら……この気持ち……。
ぼうっとしていると逢夜の心配そうな声が耳に入ってきた。
「お、おい……大丈夫か?やっぱ見ず知らずの男を家に入れんのは怖ええよな。すまねえ。」
「え?いや……別に……。こ、こっちだよ。」
ルルはなぜだか逢夜に家への道案内をしていた。
「いいのかよ?俺、ろくでもねえ男かもしれねぇぞ。」
「……性格に問題がある男の人はそういう事を言わないよ。」
「あー、そう。」
ルルの一言で逢夜はほっと胸を撫でおろした。
ルルが先導し、家に行くための裏道を歩き始めた。逢夜は黙って後ろをついてきた。
「あ、あのう……。」
「なんだ?やっぱり嫌か?」
「ううん、そうじゃなくて逢夜さんは……」
「逢夜でいいぜ。で?」
逢夜はルルに一言言うと再び聞く態勢に入った。
「お、逢夜は忍者とか……そういうのなの?さっき、クナイとか手裏剣とか使ってたじゃない?」
ルルの質問に逢夜は軽く笑うと「まあな。」とつぶやいた。
「忍者だったんだ……。すごいね!はじめて見たよ。」
逢夜の答えを聞いてルルは突然、目を輝かせた。
「忍ってな、そんなにいいもんじゃないんだぜ。」
逢夜の顔が少し切なげに揺れた。
「そ、そうなの?」
「ああ。俺は……暗殺だろうが諜報だろうがなんでもやっていた。今はちげぇぞ?……当時は色んなもんに縛られてて逃げたくても逃げられなかった。忍の仕事が嫌で忍の里から逃げた妹を無情にも殺せる男だったんだ。俺は。」
「……っ。」
逢夜の言葉でルルの顔から笑顔が消えた。
「……今は弐の世界……俺達は視界って呼んでるんだが……えーと、現世だと心の世界とか呼んでおくか。心の世界には霊が住んでいるんだ。
俺はその霊が住む世界で妹と姉と弟と今は仲良く暮らしているぜ。妹とは和解するのが大変だったけどな。妹を殺した時はそれがトラウマになっちまってな……だれかれの娘を殺す仕事を頼まれた時、何度も吐いちまったよ。」
「な、なんかごめんなさい。……漫画とかだとなんだか楽しそうだったから……色々と誤解してた。……悲しい顔をしないで……。ちゃんと厄神について調べるから。」
逢夜が嘘偽りのないとても悲しい顔をしていたのでルルは慌てて言葉を付け加えた。
「わりぃな。ちょっと暗ぇ顔になっちまった。今しがた会ったばっかのあんたに気を使わせちまってすまねぇな。」
「い、いいの。こっちこそごめんね。……あ、あそこのアパートが私の家なの。」
ルルは小さくあやまると暗い路地を抜けた先を指差した。




