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学園のまにまに 最終話

「はうわっ!!」

俊也は唐突に目覚めた。目覚めた勢いで椅子から滑り落ちて尻を打ってしまった。


「いてて……」

「あ、おにぃ!よく寝てたねー!さげぽよー」

目の前で妹のサヨが不機嫌な顔でこちらを睨み付けていた。


「あ……あれ?お、おはよう……」

俊也は首を傾げて不思議そうにサヨを見た。場所は花畑ではなく『超常現象大好き部』の部室だった。ガヤガヤと賑やかだ。昼ごはんが終わり、文化祭を楽しんでいる学生達がまた活動を始めたらしい。


「なんか夢を見てたらしい……」

俊也が尻を撫でながらゆっくり起き上がりまた椅子に腰かけた。


「やあ、俊也君。よく寝てたねぇ。あ、焼き芋あるよ。食べるかい?」

日高サキがまったりとした笑顔で呑気に焼き芋を差し出してきた。


「あ、ありがとう……」

俊也はとりあえず焼き芋を受け取り一口食べた。

「甘い……」

「ところで俊也君、夢の内容って覚えているかしら?できたら聞いてみたいわね」

展示物を並べ直しながら時野アヤがなにげなく聞いてきた。


「うーん……それがよく覚えてないんだ。夢を見てたなあとは感じるんだけど、なんか女の人が……いたような?」


「そう」

俊也の言葉に時野アヤは笑顔でそう返してきた。それっきり時野アヤは夢には触れてこなかった。

しかし、サヨにはわかっていた。


時野アヤが俊也の時間を巻き戻し、魂が向こうへ行っていないようにした処置を取っていた事。

そうしなければいけなかった事を……。


神は時野アヤだけではない。スケールは人間が関わって良い範囲を大きく超えているのだ。


これは人間や神だけの問題ではなく、霊魂や「K」など他に世界の『辻褄』を合わせている者達が納得のいく結果なのである。


サヨは深い事は何一つわからないが知らないふりをするのが一番良いということを知っている。


「もう、おにぃはどこまでも頭が春なんだから!ボケッとしてるとクリスマスに乗り遅れるよ!」

だからサヨは今日も知らないふりをする。人間がどうこうできる問題ではないから。


「まだハロウィンなんだけど……頭が春って花咲いてるの?クリスマスなの?季節がめちゃくちゃじゃないか」

俊也は本当に知らない。

彼は何も知らなくて良い。

今を必死で生きるしかない人間にこちらを考えている余裕はないのだから。


時野アヤ、日高サキは漫才のように掛け合って話す兄妹を微笑みながら見つめていた。


……もうそろそろ終わりかな?


神々の彼女達はそんな事を思い、どこか遠い目をしていた。

文化祭はなんだかんだで大成功に終った。お客さんは興味深くオカルト系の記事を読み漁り、楽しそうに質問をしながら帰っていった。一時の夢のような時間はあっという間に通り過ぎ、次の日からは現実へと戻る。


この『変化』もひょっとしたら超常現象なのかもしれない。

俊也にとっては不思議感の残る文化祭となった。


※※※


その文化祭以降、受験勉強やらでなかなか活動ができなかった。二年の後半から急に忙しなくなったのだ。俊也の足も部活動から遠ざかり模試やら塾やらで慌ただしい一年を送った。


時野アヤ達は知っていた。もう何年もこの学校を見ているから。

二年の文化祭が終われば部活動をやる暇はなくなる。


「……でも楽しかったわよ。はじめて部活動をしたわ。変化って大事よね」

時野アヤは夕日が差し込む『超常現象大好き部』の部室で窓の外を眺めていた。

もうだいぶん寒くなってきた。


冬はとっくに来ている。


「……あとは俊也君とサヨっちが無事に大学に行けるかだねぇ。この部室も空き教室になるのかね?また活動をしたい子が来たら部活に入ろうか」

日高サキは机を撫でながら微笑んだ。


俊也もサヨもいないが時野アヤと日高サキは毎日ここに来ている。


彼女達に受験はない。

時間の有限もない。


ただ不変に自分が持っているデータ通りの役目をし、世界を守っている。


時野アヤは人間の時間の管理を。

日高サキは太陽を基準にこちらの世界とバックアップの世界の監視を。


彼女達はそのために存在している。

これからもずっとそうであり続ける。


「じゃ、あたしはそろそろ太陽に帰るよ。もう日が沈むからねぇ」

「そう。私はもう少しいるわ。今回の変化が楽しかったの。この二年を振り返って思い出にするわ」

「物好きだねぇ。じゃ、あたしは帰るよ」

日高サキは鞄を抱えると足早に部室から去っていった。


時野アヤは日高サキを見送ると再び窓に目を向けた。

夕日がグラウンドを照らす。今日は運動部が部活をしていないので静かだ。


……部活か。俊也君も卒業ね。


日が陰り寒さが増してきた頃、扉に人の影が映った。


「……誰かしら?俊也君やサヨなわけないし」

「僕だよ」

扉を開けて入ってきたのはマフラーを首に巻いた俊也だった。寒さ対策をしっかりやっている。


「あら、俊也君。どうしたの?今は受験の真っ只中でしょう?」

「僕は終ったよ!春から大学生だ。無事に終ったー。サヨなんか難関大学をさらりと受かってさあ……」

俊也はため息混じりに椅子に座った。


「おめでとう!今の受験は早く結果が出たりするのね。てっきり春になってからだと思ったわ」

時野アヤは微笑みながら向かいの椅子に座った。


「今日結果が出たんだ。ホッとしたよ。で、なんだかここに来たくなって来たら時野さんがいて……」

「そう」

「この際だから確認したいんだけど……時野さんは……そのこれからどうするの?」

俊也の質問に時野アヤはのんびり答えた。


「どうしようかしらね」

「……」

時野アヤの返答に俊也は黙った。


「どうしたの?」

時野アヤは逆に尋ねてきた。


「……もう二人きりになれるのが最後かもしれないから……」

俊也は珍しく表情を固くした。

普段は抜けている俊也が急に隙のない顔を見せる。


「そうしているとモテそうよね」

「モテないよ……。話はそこじゃなくてね、時野さん。僕は時野さんの事が……」

「私はあなたともう一緒の時間を過ごすことはない」

俊也が最後まで言い終わる前に時野アヤはそう言い放った。


「そっか……」

俊也は残念そうな顔をしていたがどこかそう言われたいと思っていた。


彼女は神なのだ。

俊也とは釣り合わない。


「私と付き合ったらあなたは壊れるわ。私は不変。変わらない。あなたは変わる。人間だもの、先に進む。先に進める。結婚だってできるし子供もきっとできる。私は変わらない。ずっと何十年、何百年先もこのまま。進む時間を繰り返し生きるのよ。自分は進まないままね」


「それは……それは辛いこと?」

俊也は表情のない時野アヤに尋ねた。時野アヤは少し迷ってから首を振った。


「いいえ。私は時の神だもの。これが存在理由なの」

「そっか。これから友達として時野さんには会えるかな?」

俊也の問いかけに時野アヤは口をつぐんだ。


「会えないんだね?」

「私は忘れないわ。面白かったもの。この部活は本当に楽しかった」


「忘れない……か。つまり僕は『忘れる』んだね。時野さんや日高さんの事を……。そうじゃなきゃおかしいもんね。同じ生徒がずっと同じ学校にいる。先生が初見なわけないし」


「鋭いわね。正確に言えば私達があなたに関わりすぎたのよ。だから元に戻すの。あなたは私達を忘れる。でも、部活はある。不思議な経験をしたと思い出すキッカケのあなたが作った部活。夢のような体験……大人になる前の曖昧な時間の貴重な体験よ。曖昧に思い出にして大人になりなさい」

時野アヤはそう言った。


「時野さん……いままでありがとう。僕も楽しかったよ」

俊也は素直に現実を受け入れていた。

なぜ受け入れられたのか後になってもそれはわからない。


だんだんと記憶が曖昧になってくる。いままで起きた事を思い出せるが不思議な体験をしたことから先の肝心な部分は曖昧だ。

目の前にいる時野アヤも部員だったか怪しくなってくる。


……あれ……こんな子見たことないな……なんでうちの部室に?


この部活は僕とサヨの二人きりだったはずで……いや、そんなはずはない。後二人いた。この子と……。


……思い出せない!?


……誰だ!?この子!


「お化けだー!ついに超常現象が目の前で!?」

俊也は唐突にそう叫ぶと怖くなったのか鞄をひっつかみ慌てて部室から飛び出していった。


その時、後ろからこんな声が聞こえた。


……それでいいのよ

と。


あれから時間がかなり経ち、俊也は『超常現象大好き部』の日誌をなんとなくめくっていた。

場所は高校の職員室である。


日誌には起こった不思議な出来事が意味不明に書かれている。


……これ、なんだっけ?

この時の僕、大丈夫かな……。

なにが『僕が記した記録です。』だよ。


俊也はクスクスと笑っていた。まるで小説のような『妄想』が書き連ねてある。


「望月せんせー!もちづきせんせー?」


ふふっ……望月先生か。とっても良い響きだ……。

僕がまさか先生になるとはね。誰が想像した事か。


「むっふふ……」


今はまだ教育実習生だが俊也は母校にいた。


「おーい!望月先生!聞いてるのか!予習は大丈夫かー?さっきから呼んでるんだけど!!」

「はうっ!!……え!?……あ!はーい!」

ベテラン先生が職員室の扉を開けて俊也を呼んでいた。俊也は謎の日誌を机にしまうと慌てて立ち上がった。ぼうっと浸っている場合ではなかった。


今日ははじめて教壇に立つ日なのだ。

教え方とかは自分なりに考えてきたつもりだ。ベテラン先生も後ろにいてくれる。不思議と緊張感はなかった。


「え……?」

担当の教室に入ると俊也は固まった。

ガヤガヤとしている教室の隅っこにどこかで見たことのある生徒が二人いた。


「先生、大丈夫?」

ベテラン先生に声をかけられ俊也は我に返った。


「あ、えーと……なんだっけ?まず挨拶かな……」


準備してきたものは全部飛んだ。

すっかり飛んだ。


授業が終わって散々ベテラン先生に注意された後、ふと考えた。


……そうだ。ちゃんと先生になったら生徒集めて怪談しよう。それで部員を集めて『超常現象大好き部』の顧問になる!


俊也は邪に叱られながらそんな事を思っていた。


この後、俊也は立派な高校教師になるわけだが、『超常現象大好き部』の顧問になった時、大量の部員の中に『あの生徒達』を見つける。


そこで思い出すのだ。

あの超常現象は『現実』だったことを……。


そしてまた忘れるのだ。

部員に『神』が混ざっていたことを……。


現実であり仮想である彼女達は平然とこう言う。

「望月先生、今日の活動は?」と。

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