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学園のまにまに 俊也3

俊也は古民家の扉の前で迷った。

……あれ?ピンポンが……ない……。

しばらく人差し指を出してインターフォンを探していたがなかったので扉をトントン叩くことにした。


「こ、こんにちはー……」

とりあえず俊也は挨拶をしてみた。


「ふむ。先程から見ていたがなんか挙動不審だな。お前は……」

なんの前触れもなく横開きの扉が開き、小さい少女が顔を出した。

見た目は小学校低学年くらいだ。


だが、彼女はなんとも言えない不思議な雰囲気と鋭い気を纏わせている。羽織袴を着込み、美しい銀髪が肩先で揺れていた。


「見ていたって……?」

「気配はすぐに感じたからな。なんだか指をクルクル回しておった故、何をしているのか警戒してしまったぞ」

少女はため息をついた。


どうやらインターフォンを探す姿を間抜けにも見られていたようだ。


「あ……インターフォンを探してまして……」

俊也が少女の扱いに困っていると少女は驚きの発言をした。


「まあよい。お前は私の子孫だろう?中に入るとよい」


「え!?今さらりと言ったけど……待って待って!ちょっと待って!」


「なんだ?今の時代は『ちょっと待って』を多用しすぎではないか?ツッコミを入れる時や気持ちの整理をつけたい時など……。一体何を待つと言うのだ……」

少女はブツブツ言いながら呆れた顔で俊也を仰いだ。


「ちょっ……今まさに気持ちの整理をつけたい!!」

俊也が叫び、少女はため息混じりにそして素直に『ちょっと待って』いた。


「そろそろよいか?」

何回か視線が行き交った所で少女がつぶやいた。


「う、うん……いいです?よ」

俊也は敬語や丁寧語を使うか迷っていた。


「普通に話すとよい。私は成人している故、迷ったのかも知れぬが子孫に丁寧に話されると戸惑う」


「あ、いや……その……」

本当は逆で小学生くらいだと思っていて先祖ということで丁寧に話すか迷っていたのだが俊也はそれを言うのをやめておいた。


昔の日本人女性は小柄だったのを思い出したからだ。

若そうだが成人しているとの事なのでさらに扱いが難しくなった。とりあえず、タメ語でいくことにした。


「えーと、ほんとに先祖?」

「嘘をついてどうする……。私は望月千夜(もちづきせんや)。正当な望月家の子供を持つ親だ」

「はあ……なんか固いね……」

俊也は現代と昔の家族の違いを感じた。


「まあ、とりあえず中に入れ。色々話そうか」

少女、千夜は軽く微笑んで俊也を家の中に入れた。


「で、では遠慮なく……」

いまだどう会話したらいいかわからない俊也は半分怯えながら玄関を跨いだ。

特に会話はなく、黙々と廊下を歩いていると座敷の一室に入れられた。


「まあ、座れ」

素早く座布団をひいた千夜は鋭い瞳をこちらに向けて俊也を促した。なんだかこれから叱られてしまいそうな感じだ。


「あ、いや、威圧をかけたわけではない。忍の癖が抜けなくてな……」

千夜は俊也が青い顔をしていたので慌てて言葉を追加した。


「……なんかさっき更夜さんって人も同じ事を言っていたけど……忍者ってそうなるの?」

俊也は座布団に静かに座ると千夜を伺うように見上げた。

俊也の言葉を聞いた千夜は目を見開いて驚いた。


俊也は千夜の雰囲気が変わったのですぐさま弁明をした。


「あ、いや……なんか悪いこと言った?歴史もっと勉強しとけば良かったなあ……」

俊也が焦っていると千夜が腹を抱えて笑い出した。


「あっはははは!」


「!?」

またも異様な雰囲気に俊也は戸惑った。


「あはは!あ、いやいや面白かった。そうか、忍を知らんのか。平和な時代になったのだな」

「……」

後半の千夜の言葉はなんだかとても優しく、柔和な表情にも見えた。俊也は先祖が大変な苦労を乗り越えて来たのだと思った。


「時代的に大変だったの?」

俊也はなんとなく質問をした。千夜は言うか迷った後、ゆっくり話始めた。


「人殺しの時代だよ。私は甲賀望月家当主だった。あの時代は女が上には立てない時代であったが望月家はすぐに当主を立てたかった。故、女の私は男に化けて当主をしていたのだ。後には弟ができたが弟が元服までの間に私に子ができ、その子は男だったから私のお父様に奪われたのだ。お父様は当主を私の息子にし、私を暗殺方面に使った。つまり、私は当主から陰の者になったのだ。それから幼き息子とは会っていない。今も霊体がどこにいるやら……」

千夜はため息混じりに語った。


「そう……息子さんに結局会わなかったんだ……」


「探したのだが私が戦に巻き込まれて死んだからな。現世では会っていない。霊体も見つからぬ。故にライに頼み息子の影が残っているだろう俊也に会ってみたかったのだ。お前を呼んだのは本当は違法なのだろうがな。霊体が生きたものに関わるのは……」

千夜はどこかスッキリとした顔をしていた。


「でも良かったよね?千夜さんの子供は生きていたんだから。僕達がいるしね」

俊也は気の聞いたことが言えたとどことなく自慢気だった。


「ふふふ……面白い子だ。ありがとう。おっと、そろそろ時間か?文化祭中なのだろう?」

「え?文化祭中だけど、もうおしまいなの?」

もっと話せるかと思ったが千夜は満足そうだった。


「長く我々と関わってはいかぬ。今回はお前も私に会いたがっていたようだったので私も会ったのだ。少しにしておかないと現世で死ぬぞ」


「しっ!?そりゃあヤバイ!まだ死にたくない!」

「だったらもう時間だ。お前の夢に私が出てこれたなら秋の夜長に楽しく話そうか」

焦っている俊也に千夜は穏やかに答えた。


「夢か……寝る前に思い出してみる!じゃあ、今はひとまず……えー、ライさんに」


「……ふむ。ではお別れだ。お前は目元が息子に似ていた。それだけで十分だった。ありがとう。達者に暮らせ」

千夜は立ち上がると俊也を連れて玄関先まで見送りに来た。


「じゃあひとまず文化祭に出るよ!」

白い花畑の方にライがおり、俊也はライに向かって走り出した。

死ぬと言われて慌てていたようだ。


千夜は俊也の背中を黙って見つめていた。


……幸せそうに生きているようで良かった。

望月明夜(もちづきめいや)

暗き夜の一族を照らしてくれと名付けた息子は見事に暗闇を照らしてくれていた。

平和な時代になって良かった……。


千夜はそっと目を閉じると深呼吸をし、再び目を開けた。

もうそこには俊也はいなかった。

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