黄泉へ1
アマテラスの世界へやってきたアヤ達は鈴の状態に息を飲み、震えた。
現在太陽の宮に来たのは、アヤ、サキ、ライ、ミノさん、千夜、狼夜、猫夜、明夜、トケイ、メグ、あやだ。
「鈴は大丈夫なの?」
アヤが代表で言う。鈴はいつものようには振る舞えず、更夜にしがみつき、震えていた。
「大丈夫ではないが、落ち着かせている」
更夜が鈴の代わりに答える。
「お姉様、トケイは元に戻っているのですか?」
更夜は千夜に尋ねた。
「自分で聞いてみろ」
千夜はトケイを更夜の前に出した。
「トケイ……、あの時別れてから心配したぞ……。大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃないよ……。あの女神のおかけで助かったんだ。見た? ひどい怪我をしてるんだ」
トケイは暗い表情で後ろにいた狼夜を見る。狼夜は目を伏せ、抱いていたメグを見せた。
「……っ」
更夜と憐夜は息を飲む。
メグは裸に近い格好であちらこちら血にまみれた酷い状態だった。
「髪……」
絶句した更夜に、明夜がさらに続けた。
「髪を奪われました。あいつに。残忍すぎて、俺は震えてます」
「はる、なんとかならんか?」
更夜は震えが酷くなる鈴を優しく抱き寄せながら、はるに目を向けた。
「アマテラス様の元へ運びます」
「待っておくれ!」
ふと、後ろの方にいたサキが前に出てきた。
「輝照姫様! あ、彼女は現在、現世で太陽神の頭です」
はるはすばやく、更夜に言った。
「なんと……」
更夜はメグを狼夜から受け取り、サキを見た。
「あたしも行くよ。彼女を助けられるなら、力を尽くす」
「……すまぬ」
「もうひとり、酷い怪我をしてるんだ」
サキはあやを見た。
小さいあやは意識のないミノさんを「K」の力で浮かせながら連れてきた。その時に更夜が抱いていたメグも、あやの手により浮かされた。
「彼は……私達を守った。守ってくれた」
「……っ」
更夜は同じく酷い怪我をしたミノさんを怯えた顔で見据えた。
……やはり、俺達を守ってくれた関係のない神が傷つく……。
だがもう、どうにもならない。
更夜はそう思いながら拳を握りしめた。
「ちょっとアマテラス様のとこにいく」
「私も手伝いますっ!」
あや、サキ、はる、そして憐夜は慌てて二人を連れて部屋から出ていった。
残ったのは更夜、鈴、明夜、千夜、狼夜、ライ、アヤ、トケイ、そして猫夜だ。
「更夜様、鈴ちゃんは……」
ライはまわりの雰囲気に怯えつつ、つぶやくように更夜に尋ねた。
「……正直に言うとだな、鈴を元に戻すには……いや、術を解くには凍夜を倒し、自分の強さを再確認する必要がある。とりあえず、術を解くにはだ。……この子はずっと昔からこうなんだ。本当の心が凍夜により隠せなくなっただけだ。だから、この性格はこのままかもしれぬ」
更夜が凍夜を倒すと言った刹那、鈴が過剰に震えた。
「……わかるか? これがこの子の性格だ」
一同は黙り込んで頷いた。
「みんなが助けるよ。鈴ちゃん」
ライは一度、鈴と共闘している。その時と今が違いすぎるため、戸惑ったが、頷いた。
「それで、鈴は置いておいてこれからどうするのだ?」
千夜はこれからの動きを考えた。
「あなた達にはやってもらうことがあります」
ふと、誰の声でもない女の声がした。
「?」
「ああ、アマテラスです。怪我をした神々は現在治療しております故、ご安心を」
更夜達が何かを言う前にアマテラスは先に言った。
「それで、やってほしいことなのですが、黄泉の門を開きますからイザナギ様、イザナミ様から桃、筍、ブドウのデータとイツノオハバリを借りてきてください。ただ……」
質問を投げかけようとした一同にアマテラスは強引に続ける。
「戦闘になります。腕のたつ者が行ってください。ちなみに、私達三貴神はこちらの世界に干渉はできません。あなた達のみでなんとかする必要があります。イザナミ様、イザナギ様、そしてワールドシステムであるアマノミナ(カ)ヌシは人間離れした感情をお持ちです。機械だと思ってください」
「それはオオマガツミを排除するための準備、ということか?」
千夜が尋ね、アマテラスが頷いた。
「この宮もその間に襲われる可能性もあります。こちらを守る方にも力をさいていただきたいです。私達は戦闘ができません。私達の係累は争いなく、人々を守るデータがある神。サキは別ですが、他に守りがいないと困ります」
「……わかった。では、私が残ろう。私は障らぬからな」
千夜は真っ先に宮を守る方向へいった。
「わ、私も残るよ。守る方ができそうだし」
ライも小さく手を上げ、明夜も頷く。
「俺も残る。戦闘はまるでできないんだ。足手まといになるなら、ここで微力に宮を守るぜぃ」
「僕は行くよ。役に立ってないからさ」
トケイは黄泉に入る方を選んだ。決められないのはアヤ、狼夜、更夜のみだ。
猫夜、鈴の扱いも困る。
「……猫夜、鈴はここにいた方がいい。猫夜は何をするかわからんから、ここで魂を浄化させとけ」
「あたしは凍夜様をここに呼んでやるわよ」
口に巻かれた手拭いをいつの間にかとっていた猫夜は、得意気にアマテラスを見た。
「あなたはアマノミナ(カ)ヌシが許さないですわ。Kのデータは早々に持っていかれるでしょう。そして、望月静夜さん、憐夜さんに受け継がれます」
「ふん……。いいのよ。私はお父様を助けたのだから」
猫夜はアマテラスを睨み付け、ふてくされたように言った。
「そうですか。それは良いのですが、あなたは、道を引き返した方が良いですわよ」
「……お父様を呼んでやるわ。この善だと思いこんでいるあんた達に痛い目を見させてやる」
猫夜は狂気的に笑っていた。
猫夜の発言により、千夜達の顔が引き締まる。
「……とりあえず、黄泉へ行く方を決めてください。猫夜さんがここにいる段階ですでに、オオマガツミが入り込んでいます。凍夜もいずれ、ここに来ます。急いでください」
アマテラスは一同を仰ぎ、言った。
「……狼夜は来てくれ。俺も行く」
更夜は行く事に決め、狼夜をうかがった。
「俺は……」
「あなたは強い。相手が手強いのなら、強い者が多い方がいい。戦場に行くのはいつだって強い男だ。精神的な強さもそうだが、技術がある。共に戦ってほしい」
「しかし……そうしたら守りが……」
狼夜は守りが少ないことを心配していた。
「心配するな。私がいる。それにサキという女もいる。彼女はおそらく、私達よりも強い」
千夜が狼夜の肩を叩いた。
「ですが……」
「まずいときはおそらく……」
更夜が続けようとした刹那、千夜が勝ち気な瞳で割り込んだ。
「まずいときは、彼を呼ぶ。心配するな」
「……彼? ですか?」
「私の旦那様だ。望月夢夜様は私が呼べば、来てくださる。強い男だよ」
千夜は狼夜に笑いかけた。
「……そうですか」
「だから、お前は自分で判断しろ。まだ刀を奪えていないからな、残って刀を奪う機会をうかがうのも良しだ。だが、お前はどうしたいか、もう決まっているのでは?」
狼夜は千夜に言われてうつむいた。
「役に立てるなら、お兄様と行きたいです。刀は心配ですし、守りも心配です」
「……なら、行け。オオマガツミが消えれば、刀も奪いやすくなるだろう。正気を取り戻すかもしれん」
千夜は、狼夜を更夜の方へ押しやった。
「……誰か、刀をいただけますか」
狼夜がそう言い、更夜が手から刀を出現させた。
「俺が生前に使っていた刀だ。死んでから最初に握っていたものだった。今は時神になった故、霊的武器の刀を使っている。こちらはもう、必要ない」
「……ありがとうございます」
更夜から刀を受け取ると、腰の紐に差した。
「アヤは……」
「私は……どこにいても役に立たないわ」
アヤは目を伏せて答えた。
それを見たアマテラスはすぐに声を上げる。
「そんなことありませんよ。あなたは、ワールドシステムに一度、入っています。アマノミナ(カ)ヌシに会っているのはあなたと壱の時神だけ。覚えていないでしょうけど、あなたは戦っていた」
「……え?」
アヤは目を丸くした。その記憶はまるでない。
これは「TOKIの世界書」に記述している。しかし、アヤは記憶を消され、なかったことにされているので、本神は気づいていないのだ。
「だから、あなたは重要なデータを持っています。皆さんの役に立つでしょう」
「……行った方がいいの? 私は凍夜から逃げたし、ミノにも怪我をさせたわ。更夜さんの言葉を使うと、弱い女が戦場にいくという感じになるわ」
アヤはそう言うが、更夜は決めていた。
「あなたは俺達と来てほしい。あなたの力は使いようによっては最強だ。いままでの戦いで、あなたの力にはかなり助けられた。ただ、無理強いはしない」
「時間を止める能力は神格が高すぎる神には通用しないはずよ」
アヤがそう言うと、アマテラスがまた、口を挟んだ。
「あなたがワールドシステムに入った時、時神三柱がいました。壱の世界の過去神、未来神、そしてあなたです。その時は、時間停止をうまく使ってました。そして今回は、こちら……弐の世界の時神がいます。あなたはこちらの現代神鈴の代わりをするのです」
「……よくわからないけれど……役に立つなら……行くわ。だけれど……足手まといになるかも……」
アヤは目を伏せて、いままでを思い出した。
戦ってほしいと言われたわけではなく、自分から足を突っ込んだのだ。
それなのに、逃げ出したり、守られたり、勝手に泣いたり、今は足手まといを心配している。
「あなたは俺達をずっと守ってくれた。最初からだ。壱の時神過去神、栄次が狂ったあの事件から、助けられている」
アヤは「TOKIの世界書」にて、最初に更夜と鈴を救い、弐の時神未来神トケイを産んだ。
「あれは、私だけの力ではないわ」
「あなたは立派にやることをやったのだ。それだけは言う。決断は任せる」
更夜はそれだけ言うと、アヤの返答を待った。
「……そこまで言われたら、行くしかないじゃない。……わかったわ。行くわよ」
「ありがとう」
更夜は以前とだいぶん変わった。元々の顔が現れたのかもしれない。
更夜、狼夜、トケイ、そしてアヤが黄泉に入ることになった。
宮を守るのは、千夜、明夜、サキ、ライになりそうだ。
憐夜、あや、はるはメグとミノさんの救護を手伝う方向だ。
「お姉様、ライ、明夜様……鈴と猫夜をよろしくお願いします」
更夜が頭を下げ、猫夜が舌打ちをした。更夜がまるで子供を預けるかのように言ったからだ。
反対に鈴は怯えたまま叫んでいた。
「更夜……いかないでっ! ……私を置いていかないでっ……私も一緒にっ……」
いつも、鈴が更夜についていこうとするのは、「置いていかないで」という焦りからのようだ。
鈴は今、なにもかもを隠せない。
「鈴……大丈夫だ。俺と行くより、皆が守ってくれる」
更夜がそう言うが、鈴は納得しない。
「怖いぃ……凍夜さまが……くる……」
鈴は更夜の着物の袖を引っ張り、泣き叫ぶ。
「鈴……」
皆が鈴をそれぞれ呼ぶ。鈴の心の傷の深さを知り、困惑した。
「鈴ちゃん、大丈夫だよー。俺が鈴ちゃんを全力で守るからさ。一緒に逃げるし、離したりしない。俺が更夜様の代わりをする」
ふと、明夜が鈴の前にやってきた。
「……」
鈴は明夜を黒い瞳で見据えた。
「こう見えてもね、俺は妻も子供も最後まで守った男だ。壊れた望月を再生させた男でもある。俺は戦闘には参加しないが、君を守るよ。さっきは凍夜とあきらめずに戦ったしな」
「明夜……」
「だから、俺から離れるな。はぐれないように手をつなごう」
明夜は戸惑う鈴の手を握った。
刹那、鈴は更夜に似た、力強い力を明夜から感じた。鈴は気がつくと明夜に手をひかれ、知らずの内に更夜から離れていた。
この人は私を最後まで守ってくれる……鈴はそう感じ、震えながらも更夜から離れたのだった。
「さすがだ。傷ついた望月達を助けていただけある」
千夜は自身の息子を感心して見ていた。
「鈴ちゃん、離れないように皆と手を繋いでおく?」
「……ううん。大丈夫。あんたがいるなら、怖くない……かも」
鈴は明夜の、大きくてあたたかい手に安心し、頬を染めた。
傷をつけられたのが男なら、守るのも男に合わせる。鈴を安心させられるのは、男であると気づいた明夜はすばやく、鈴を安心させにいったのだった。
「……明夜様、ありがとうございます。鈴、俺達はすぐに帰ってくるから心配するな。これが終わればもう、離れることもない」
更夜はそう言うと、鈴の頭を軽く撫でた。
「ちゃんと帰ってきてね……」
涙ながらに言う鈴に更夜は優しい笑みを向けた。その後、ライが鈴をそっと抱き寄せる。
「大丈夫だよ。鈴ちゃん。私も鈴ちゃんを守るからね。前回は守られたけど」
鈴はライを見て、さらに安心した顔をした。
「じゃあ、行く?」
アヤが言い、更夜、トケイ、狼夜が静かに頷いた。




